ART NEWS TOKYO2023.02

「恵比寿映像祭2023」でのシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]との連携によるオフサイト展示《FORMING SPHERES》と野老朝雄さん

「恵比寿映像祭2023」でのシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]との連携によるオフサイト展示《FORMING SPHERES》と野老朝雄さん

東京2020大会のエンブレムからつながる平和への願い

インタビュー:野老朝雄さん(美術家)

 


 

東京2020オリンピックの開会式で大きな話題を集めた、市松紋様のエンブレムが地球の形に変化する空中ドローンショー。この演出で生まれた組市松紋様球体を彫刻化し、光と影によるインスタレーションに再構築した新作《FORMING SPHERES》が、「恵比寿映像祭2023」(2023年2月3日~2月19日)のオフサイト展示として、恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場で展示されています。

 

この作品を手掛けたのは、大会エンブレムをデザインした野老朝雄さん、3Dプリンティングなどの技術で表彰台を制作した平本知樹さん、「動くスポーツピクトグラム」をデザインした井口皓太さんの3人で、2022年10月に渋谷にオープンしたシビック・クリエイティブ・ベース東京「CCBT」のアーティスト・フェロー活動の一環として制作された作品でもあります。CCBTではこの《FORMING SPHERES》のプロトタイプ展示を2月7日から2月16日まで同時開催しています。

 

この作品が生まれた経緯について、美術家の野老朝雄さんにお話をうかがいました。

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球体、そしてインスタレーションに進化していくエンブレム

私は、2001年の911日(アメリカ同時多発テロ)から「つなげること」をテーマに、幾何学的な紋様を制作してきました。紋様を無限につなげていくことで、社会や人も繋がりあっていく平和な世界を実現できたらいいなと思っています。

東京2020大会のエンブレムは、形が異なる3種類の四角形を45個組み合わせて作ったものです。四角形の配列を組み替えれば、多様な多くの可能性を持つ紋様を展開させることが可能です。私は変化が可能なエンブレムに「多様性と調和」のメッセージを込めました。

エンブレムをモチーフに野老朝雄さんがデザインした東京2020オリンピック・パラリンピック公式アートポスター (CCBT:野老朝雄+平本知樹+井口皓太「FORMING SPHERES」プロトタイプ公開より) 撮影:ただ(ゆかい)

そして東京2020オリンピックの開会式では、1824台のドローンが国立競技場の上空にこのエンブレムを描き出すパフォーマンスが行われました。エンブレムは少しずつ球体に変化し、そしてその球体は最後に、世界平和の象徴である地球の姿へ変わっていきます。わずか1分強の内容ですが、非常に手応えがあり、お褒めの言葉も数多くいただきました。今回、《FORMING SPHERES》を一緒に制作した井口皓太さんを中心に、平本知樹さんと力を合わせて制作したものです。

左から、野老朝雄(美術家)、平本知樹(空間デザイナー/建築家)、井口皓太(映像デザイナー/クリエイティブディレクター)

45個の四角形で構成されたエンブレムは、欠けた円形部分に四角形をはめ込んでいくと、ちょうど60個の四角形で円の形を描くことができます。この円を2つ用意し、紙風船のように膨らませれば、つまり120個の四角をドローンで描けるならば、エンブレムの紋様を生かしたまま、球体が作れるのではないか? そんな発想をスタートに、私たちは「120面体」と呼ぶ球体のデザインに取り掛かりました。そしてその球体をどのように魅力的に見せるかを考えていったんです。

オリンピック開会式のドローン演出のシミュレーション 井口皓太 2021 (CCBTでの《FORMING SPHERES》プロトタイプ展示より)  撮影:ただ(ゆかい)

とはいうものの、東京2020オリンピックの開会式の演出はなかなかタイトなスケジュールで……、非常に大変でした。なにしろ、お話をいただいたのが2021年の春で、開会式の開催は7月。平本さんは東京2020大会の表彰台を制作、井口さんは同じく東京2020大会の動くスポーツピクトグラムを制作していて、みなさん時間を縫っての作業でした。本当に間に合って、そして美しい作品に仕上がってよかったです。

撮影:源賀津己

そんな濃密な作業工程のなかで、平本さんが120個の四角を組み合わせた球体の模型を3Dプリンターで作ってくれて、これがとても美しいんです。光を球体の外側から当てると影が生まれるのですが、この影がさらに美しい。平本さんと二人でお酒を飲みながら、強い光を当てたり、色のついた光を当てたりして、いい年をしたおじさん二人で影を見てキャッキャいいながらはしゃいでいました(笑)。

120 CHEQURED SPHERE [NEGATIVE]+[POSITIVE] 平本知樹、野老朝雄 2023 (CCBTでの《FORMING SPHERES》プロトタイプ展示より)  撮影:ただ(ゆかい)

それを見にきてくれたのが、東京都写真美術館の学芸員である関昭郎さん。この影や球体を一緒におもしろがってくれました。そして、今回の「恵比寿映像祭」とCCBTで作品発表する話につながっていったのです。関さんは東京都現代美術館にも勤務していたことがあり、2010年に東京都現代美術館で開催された展覧会「MOTアニュアル2010」で私を抜擢してくれ、作品を発表する機会を作ってくれた方でもあります。あの展覧会は、私の美術家としてのキャリアの大きなターニングポイントでした。東京都の文化施設にはなにかとご縁があるなと感じています。

東京都写真美術館で開催された「恵比寿映像祭2023」プレス説明会での野老朝雄さんと平本知樹さん(前列右から4番目と3番目) 撮影:新井孝明

浮かび上がる影の美しさを作品に

FORMING SPHERES》は、東京2020オリンピックの開会式に登場した球体状の組市松紋様を彫刻化し、光を当て、映し出される影の動きとともに楽しむインスタレーションです。平本知樹さんが中心となり、制作しました。

野老朝雄+平本知樹+井口皓太《FORMING SPHERES》2023 恵比寿ガーデンプレイス センター広場 撮影:源賀津己

8つの球体を円形に並べ、円の外側から光を当て中央に影が落ちるようになっています。光源を移動させたり、複数にすることで影に変化が生まれていきます。そして、8つの球体は、同じように見えますが実は2種類あります。ひとつは普通に3種類の四角形を組みわせて作ったもの、もうひとつは、その球体を反転させ、四角ではないところを出力してつくったもので、異なる影が現れます。それらを組み合わせると、ふしぎな縞模様の影が万華鏡のように次々と生まれてくるんです。《FORMING SPHERES》は、この影の美しさを楽しんでほしいと思っています。

撮影:源賀津己
撮影:源賀津己

コンピューターを駆使して球体を設計し、3Dプリンターで出力するという、先端の技術を駆使しつつ、作品の主体が原始的な「影」というのは、今回の恵比寿映像祭2023のテーマ「テクノロジー?」にも合致しているんじゃないかなと感じています。

東京2020大会が終わったあとに、作品が発展していき、東京都で新しい作品として発表できたことはとても嬉しいです。あの大会が、あの数週間で終わってしまったわけではなく、ずっと私たちとともに続いていくということが示せるかなと考えています。

撮影:源賀津己

この作品も、屋内で展示したり、球体の数を増やしたり、大きくしたりなど、変化を加えることでまた見え方が大きく変わってくると思います。また、今回は恵比寿ですが、世界へと場所を変えて展示したら、また意味や意義も変わると思います。世界平和や多様性の表現にもつながりますし、今後さらに発展させていければいいなと思っています。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]のフェローとして

FORMING SPHERES》は、シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)のフェローとして制作した作品でもあります。CCBT202210月に東京都と東京都歴史文化財団が立ち上げた施設で、デジタルテクノロジーの活用を通じて、人々が創造性を発揮するための活動拠点です。「恵比寿映像祭」と連動して、CCBTでは《FORMING SPHERES》のプロトタイプや、平本さんが制作に大きく関わった表彰台(東京都所蔵)などを2月7日から16日まで展示しています。CCBTは渋谷にある施設なので、「恵比寿映像祭」とあわせて観賞していただけると、《FORMING SPHERES》をより深く楽しめると思います。

CCBTでの展示風景 野老朝雄+平本知樹+井口皓太「FORMING SPHERES」プロトタイプ公開 撮影:ただ(ゆかい)
CCBTでの展示風景 野老朝雄+平本知樹+井口皓太「FORMING SPHERES」プロトタイプ公開

CCBTのようなアーティストの活動拠点が東京にできるのはとてもいいことだと思います。私は「BankART」という横浜市の芸術活動拠点に作家として関わっていたことがあって、とても刺激をもらっていました。なにも用事がなくても、その場所にいけばアーティストやアートに興味を持っている人に会えて、話ができる。そんな場所があるというだけで、若いアーティストにはとても励みになると思います。このような施設を東京都が、渋谷に作ってくれてうれしいですね。いろいろな人が、足を運び、お互いに刺激を与え合う場になってくれるといいなと、期待しています。

撮影:源賀津己

さきほども、東京都の美術館には縁があるといいましたが、考えてみれば東京2020大会も、恵比寿映像祭もCCBTも中心には東京都がいる。とてもいい「つながり」ができていると感じています。他のアーティストも東京都やCCBTをきっかけにして、たくさんのつながりが生まれるといいなと思います。

取材・文:浦島茂世

★恵比寿映像祭YouTubeチャンネルで、野老朝雄さん、平本知樹さん、井口皓太さんのインタビュー動画を公開中!
こちらもぜひご覧ください。

プロフィール

野老朝雄(ところ・あさお)
美術家。1969年東京生まれ。幼少時より建築を学び、江頭慎に師事。2001年9月11日より「つなげること」をテーマに紋様の制作を始め、美術・建築・デザインなど、分野の境界を跨ぐ活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいた定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も行なっている。主な作品に東京2020オリンピック・パラリンピックエンブレム、大名古屋ビルヂング下層部ガラスパターン、TOKOLO PATTERN MAGNETなど。2016年より東京大学工学部非常勤講師、2018年より東京大学教養学部非常勤講師を務める。

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