今につながる文化や習慣がたくさんつまった明治時代
左:沓沢博行さん(東京都江戸東京博物館学芸員) 右:谷口勝也さん(株式会社ライノスタジオCTO/アートディレクター)
左:沓沢博行さん(東京都江戸東京博物館学芸員) 右:谷口勝也さん(株式会社ライノスタジオCTO/アートディレクター)
明治時代の銀座で“東京のはじまり”をさがす時間旅行を!
江戸東京博物館スマートフォンアプリ第2弾「ハイパー江戸博 明治銀座編」をリリース
2022年から、大規模改修のため長期休館中の江戸東京博物館。休館中も同館の所蔵品と江戸東京の歴史や文化を楽しんでもらうために開発されたのが、スマートフォンアプリ「ハイパー江戸博」です。約5万ダウンロードを達成した第1弾の「江戸両国編」に続き、2023年4月26日には第2弾の「明治銀座編」がリリースされました。文明開化期の東京銀座を舞台に、今回はどんな世界を見ることができるのでしょうか?「明治銀座編」を企画・監修した江戸東京博物館学芸員の沓沢博行さんと、開発・制作を担当した株式会社ライノスタジオの谷口勝也さんにお話をうかがいました。
今につながる文化や習慣がたくさんつまった明治時代
今回リリースされた「明治銀座編」は、「東京のはじまりと出会う時間旅行」がテーマ。江戸東京博物館の収蔵品約35万点から選ばれた100点を探しながら、ユーザーが明治時代の銀座の街を散策します。今回はなぜ明治の銀座が選ばれたのでしょう?
沓沢「まず当館に銀座煉瓦街の模型がある、ということが理由のひとつなのですが、昨年、鉄道開業150周年が話題になったように、通貨の単位を「円」とする近代通貨制度や郵便制度(明治4年:1871年)、学校制度(明治5年:1872年)、太陽暦や定時法の採用(明治6年:1873年)など、今につながる様々な文化や制度が、ちょうど150年前の明治時代に始まりました。
銀座が大きく変貌を遂げるのは、明治5年に発生した大火がきっかけでした。明治政府は火に強い都市づくりを推進し、西洋のような街並みの銀座煉瓦街がこの時につくられました。明治28年には現在の銀座4丁目に、私たちにも馴染み深い服部時計店(現在の銀座和光)の初代時計台ができました。さらに洋装が取り入れられ、カレーのような洋食や、アイスクリームやラムネのようなハイカラな食べ物が紹介されるなど、人々の生活も変わっていきます。今につながる物事の始まりを当時に学び、見つける舞台として、明治の銀座はぴったりだと思いました。」
4つの時代を「時間旅行」し、時代の変遷をリアルに体感
前回の「江戸両国編」が隅田川の川開きの1日に焦点を当てて展開していたのに対し、今回は明治期の45年間を年代で区切り、4つのステージを編成。文明開化の明治を生きたある家族の物語が、社会の様々な移り変わりを背景に展開していきます。
アプリを立ち上げると、ユーザーはまず、江戸が「東京」と名前を変えた明治初めの銀座へとタイムトリップ。両親と長屋で暮らす少年アキラ君がアバターとなり、まだ江戸の名残りが色濃く残る銀座の街で、郵便や警察など、明治初期に始まったさまざまな制度にまつわる収蔵品を探します。
次の明治10年頃のステージは、広々とした道の両脇に煉瓦造りの洒落た建物がならぶ銀座で、アキラくんの幼なじみハルちゃんが、来日した外国の人のために流行りのグルメを集めたり、最新の乗り物について調べたりします。
人も街も西洋化が進み、商業と情報発信の中心地となった明治20年代のステージでは、立派な青年へと成長し当時の情報発信の一大拠点であった新聞社で働きはじめたアキラくんが、帽子や靴、傘など最先端のファッションアイテムや当時演奏されるようになった西洋の音楽などについて調査します。さらに時代は進み、華やかな高級商業地として多くの人が訪れるようになった明治40年代には、アキラくんとハルちゃんの娘、銀ちゃんが登場。銀座に足しげく通っていたという文豪永井荷風と出会い、夏目漱石や平塚らいてうなど、当時の文学にまつわる資料などを収集。4つのステージをクリアし60個の収蔵品を集めると、その後はステージ間を自由に行き来し、時間旅行を楽しむことができます。
制作の過程で生まれた「時間旅行」というアイデア
4つのステージごとに時代が移り変わりキャラクターたちも成長していくことで、明治時代の東京・銀座が急速に変貌を遂げていくさまをリアルに体感できるのが「明治銀座編」の最大の特徴といえるでしょう。このようにユーザーが「時間旅行」するというアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
谷口「はじめは江戸両国編と同じように、明治時代のある日の出来事、という感じでつくろうとしていたんです。ところが会議の中で、明治の近代化は急に始まったわけではなく、江戸から明治へと徐々に切り替わっていくんだよね、という話があり、それならアプリの中で時代変遷をやってみたらどうでしょう? と僕ら制作側から提案させていただきました。江戸博さんとしてはチャレンジだったと思うんですけど、話し合ううちに、この方がストーリーを作りやすいね、ということになりました。」
沓沢「実は同じ明治時代でも、江戸に近い時期と大正に近い時期では、街並みも人々の生活も全く違うんです。たとえば明治時代になると、みんな洋服になるよね、というのがざっくりとした皆さんの感覚だと思うのですが、実際には明治時代の末になってもフル装備で洋装の人は、富裕層や制服の男性が中心、女性はほとんどが着物です。ところが明治の初めには防寒のためにシャツの上から着物を着たり、最後の方には、羽織袴にブーツ姿の女の子が出てきたりと、ポイント的に洋装が取り入れられ、明治時代の45年間でファッションもずいぶん変わっていく。本編ではそういった細かい時代考証がふんだんに反映されています。」
ディテールにも注目!銀座煉瓦街の再現
物語の舞台となる銀座4丁目・5丁目付近の街並みは、江戸博の収蔵品である「銀座煉瓦街模型」をもとに3Dスキャンしたもの。45年間のうちに大きく変貌を遂げていく街の移り変わりを精緻に再現していく作業には、かなり苦心したと谷口さんは語ります。
谷口「時代が変わるので、整合性を保ちながら街割をつくるのが本当に大変でしたね。たぶん100とか200とかそういう単位で、博物館の模型や写真、地図などを組み合わせてつくっています。ですが、主人公のアキラくんとハルちゃんをはじめ、あの時代の変化を肌で感じて育った人たちは確実にいるわけじゃないですか。ですからユーザーの方にも、その感覚をアプリの中で疑似体験して欲しいな、と思って頑張ったのですが、これがけっこう難しくて……。というのは、江戸両国編みたいなごちゃごちゃした街並みと違って、同じような建物が並ぶ銀座煉瓦街の景色って、考証通りにつくると意外とつまらなくなっちゃうんですよ。それで、沓沢さんにひとつひとつ確認をとりながら、考証の域を超えない程度に、色をビビッドにしたり、看板を足したり、とにかく変化が出るように細かい要素を付け加えました。」
沓沢「考証する方からすれば、明治時代は写真資料があるとはいえ、当然フォトジェニックな部分しか撮りませんから、正面はわかるけれど、この建物の裏側はどうなの? とか、この通りの逆方向の景色はどうなっているの? と色んな疑問が出てくるのです。また銀座のお店も、現在もある老舗なら資料を探すのも比較的楽ですが、記録が残っていない小さな店舗は、なかなかたどることはできない。そういう時は、写真だけでなく、当時の新聞の記述や広告などをあたりながら、街並みを構成しました。」
AR機能で明治期の実用品を現実世界に融合
さらに「明治銀座編」からの新機能として、収蔵品の3Dデータを活用したAR機能が搭載されました。隠された収蔵品100点のうち6点は、この機能を使って現実世界に映し出すことも可能。動かしたり、あらゆる角度からくまなく細部を見ることもでき、当時の実用品が実際に使われていた様子を体感することができます。
沓沢「3Dにするには立体であることが条件なのですが、その中でも、今もあるけれども形や使い方がちょっと違う、というようなものを6種類選んでみました。たとえば前輪が大きく後輪が小さい自転車とか、今では珍しいアイスクリーム製造機。AR機能搭載なので、現実世界と合成して撮影し、SNSに投稿することもできます。個人的には、最初期に日本で使われていた電話機をぜひ見つけてほしい。同じ電話機なのに、今とは全然違っているんだ、ということが実感できると思います。」
2022年の「江戸両国編」、2023年の「明治銀座編」と相次いでリリースされた「ハイパー江戸博」ですが、次回2024年度はモノや人が行き交う日本橋を舞台に、江戸の商いの世界テーマにした「江戸日本橋編(仮)」の制作を予定しているそうです。さらに歴史を学ぶ教材としての活用や、3DCG空間をリニューアルオープン後に江戸博の常設展示で活用することも検討されています。
江戸、明治の歴史や文化を、展示として外から眺めるのではなく、デジタルで再現された模型の中に入り込み追体験することができる「ハイパー江戸博」。この機会にぜひダウンロードし、今の東京の街や私たちの暮らしと照らし合わせながら「時間旅行」を楽しんでみてください!
取材/文:木谷節子
撮影:源賀津己