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東京都歴史文化財団の、中の人 Vol. 2 「社会共生担当」の仕事 [前編]

20244月より東京都歴史文化財団が運営する都立のすべての文化施設に、社会共生担当という専任の職員が配置されました。新たな仕事として注目される文化施設の「社会共生担当」とはどんな役割を担っているのでしょうか。春に入団して約半年と間もない新しい担当者の中から4人に話を聞きました。前編では座談会、中編・後編では、一人ひとりにインタビューします。
左から、東京文化会館のつきはしともこさん、東京都写真美術館のふなのかわせいこさん、アーツカウンシル東京のこまいゆりこさん、おおたかゆきこさん
左から、東京文化会館の月橋朋子(つきはし・ともこ)さん、東京都写真美術館の舟之川聖子(ふなのかわ・せいこ)さん、アーツカウンシル東京の駒井由理子(こまい・ゆりこ)さん、大高有紀子(おおたか・ゆきこ)さん

社会共生担当とは?

――月橋朋子さんは東京文化会館、舟之川聖子さんは東京都写真美術館に勤務しています。社会共生担当として、どのようなお仕事をされていますか。
月橋朋子(以下、月橋):社会共生担当とは、端的に表現すると、すべての人に文化を届けるための仕事だと思います。施設によって規模もジャンルも違うので仕事内容は変わりますが、東京文化会館では、施設内でのいろいろな調整を行なう業務が重要となっています。
舟之川聖子(以下、舟之川):私は入団するまでは主に美術館や博物館、劇場の利用者側の立場で「もっといろんな人が楽しめる施設になったらいいのに」と思っていたんです。自分にとっては居心地がよい場であっても必ずそうではない人もいるなと。そのときに見えていたことを、いまは具体的に計画を立てて現場で実践しています。
東京文化会館 事業企画課 社会共生担当係長のつきはしともこさん
東京文化会館 事業企画課 社会共生担当係長の月橋朋子さん
――次にアーツカウンシル東京の駒井由理子さんと大高有紀子さんにお聞きします。アーツカウンシル東京は中間支援を担う機構ですが、どのような取り組みをされていますか。
大高有紀子(以下、大高):東京都歴史文化財団が運営する 10の施設と、東京都の間に立ち、調整する仕事です。たとえば施設のお客さまや現場で働く方の声をまとめて東京都に伝えたり、また都の目指すことを受けて各施設と一緒に考えたりしています。私も舟之川さんと同じで、この仕事をする前まではユーザーの立場で文化施設を利用していましたが、ろう者として、たとえば映像作品の展示に字幕がついていない、イベントに手話通訳がないなど情報保障がないことで鑑賞に参加できない、といったもどかしい思いがありました。アクセシビリティは特定の人のための配慮ではなく、インフラのようであってほしい、と考えています。
駒井由理子(以下、駒井):わたしたちが配属される少し前から東京都と東京都歴史文化財団とアーツカウンシル東京で「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」というアクセシビリティ向上のためのプロジェクトが始まっています。都立文化施設ではそれまで何もしていなかったわけではないのです。日頃から個々の取り組みはされてきていました。さきほど大高さんが「インフラ」と言いましたが、アクセシビリティは当たり前のもの。その認識が高まり、組織や制度として取り組むために専任の担当者として配属されたのが社会共生担当です。都の政策として2030年に向けた芸術文化のアクセシビリティ向上(*)という目標が掲げられたことも背景にあります。

*「『未来の東京』戦略」「東京文化戦略2030」に応答して、東京都歴史文化財団では「東京都歴史文化財団長期ビジョン2030」を策定し、東京という都市の持続可能性を芸術文化の力で支え、人々の多様性を尊重する共生社会の実現に貢献することを掲げています。

アーツカウンシル東京 事業部 事業調整担当課長のこまいゆりこさん
アーツカウンシル東京 事業部 事業調整担当課長の駒井由理子さん
――インフラや当たり前のもの、として整備するには運営側の意識自体を変えていくことが必要かと思います。その旗振り役でもあるのでしょうか。
月橋:そうですね。東京文化会館の場合、施設内にあるすべての部署と協力して進めていく必要があります。改善する部分や新たな整備が必要になったとき、特定の部署とだけやりとりすればいいのではなく、どの部署も納得のうえで進めていけるよう調整を心がけています。
舟之川:写真美術館は東京文化会館ほどの規模ではありませんが、すべての部署の協力は必要ですし、そこに含まれる受付や看視、警備、ショップやカフェなど、お客さまに直に接している方々と協力することも多いです。旗振り役ではありますが、まっさらなところからやっていくというよりも、これまでやってきたことの範囲を広げる感覚に近いかも。たとえば展覧会のポスターのチェックがまわってくるときは、色やコントラスト比などの視認性をアクセシビリティの観点でもみています。デザインや表現としての意図を加味しながらも「少し色が薄すぎるのでは?」と伝えることもあります。見過ごされがちな点や優先度が低くなりがちな点も、社会共生担当が提起することでいったん俎上にのせられるというか。そこに専任の意味があるかもしれません。
東京都写真美術館 管理課 社会共生担当係長の舟之川聖子さん
東京都写真美術館 管理課 社会共生担当係長の舟之川聖子さん
大高:ポスターのデザインもそうですが、作品やイベントなど芸術的な観点で重視する点と、アクセシビリティをどのように両立させるかは、課題も多いですよね。ただ、何かアクセシビリティの点で至らない点がありお客さまから指摘されたときも、それを無視するのではなく受け止めることが大事だと、いまお二人の話をきいて改めて思いました。
アーツカウンシル東京 事業部 事業調整課 主事のおおたかゆきこさん
アーツカウンシル東京 事業部 事業調整課 主事の大高有紀子さん

マイナスをゼロにする仕事

――アーツカウンシル東京は、都立文化施設のアクセシビリティ向上の取りまとめ役として、全館の社会共生担当者が集まる会議を運営されていますよね。定期的に顔を合わせて集まる貴重な機会になっているのではないでしょうか。
駒井:月に1回の「連絡会議」ですね。業務連絡や意見交換、意見聴取をしています。この会議は社会共生担当が一堂に会する場であることが、一番重要かなと思っています。それぞれ業務は違いますが、共通の目標や迷いを確認する場になるといいなと。ただの会議ではなく、行くのが楽しみになる会にしたい、というのは個人的な思惑です。
舟之川:行ってよかったな、とお世辞ではなく毎回思います。それから分科会もありがたいです。先日は触知図(視覚障害のある人が指で触れて空間を確認できる図)についての分科会がありました。触知図の専門家の方が来て、ほかの施設の例をいろいろと見せてもらい、作成のポイントやスキームを教えていただきました。
月に一度の社会共生担当者連絡会議(2024年9月)。音声認識ツールと手話通訳を入れて会議を行っている
月に一度の社会共生担当者連絡会議(2024年9月)。音声認識ツールと手話通訳を入れて会議を行っている
月橋:今度「やさしい日本語」の分科会もありますよね。
舟之川:社会共生担当といっても、必ずしも「共生」について専門的に学んできた人ばかりではありません。そもそも社会共生担当が扱う範囲がとても広いんです。私も入団までは別の仕事をしていたので、いろいろなことについて一から勉強しています。当館では専任の担当者は私一人で孤独になりがちなので、連絡会議や分科会で同じ社会共生担当に会えるのは心強いですね。
月橋:心強さを持ち帰ることができるのは大きいですよね。「あの館は、すでにこれに取り組んでいるから聞いてみよう」とか、情報交換や相談ができる場にもなっています。
駒井:なるべく早めに会議は終わらせるようにして、残った時間は自由に使ってくださいといった工夫もしています。最近は「こういう会議であってほしい」「みんなでこんな話をしたい」とリクエストも寄せてくれるようになり、会議の運営側としては本望です。
大高:連絡会議で駒井さんが話していた「わたしたちはすごいことをやっているわけではなく、当たり前のことをやっている」という言葉に共感しました。その言葉を胸に仕事を続けていきたいなと。
舟之川:最低限のことができていて、さらにいいことをしている、というイメージではないんですよね。
月橋:私も、そのときに駒井さんが「マイナスからゼロに向かっている」と話されていたのが印象的でした。
駒井:個人的なポリシーですが、マイナスの状態からスタートしているという認識でやっています。プラスのことはゼロになってから考えようと。いま、アクセシビリティに関しては文化施設はマイナスの状態。それをゼロにする仕事なのです。
都立文化施設の社会共生担当者たち
都立文化施設の社会共生担当者たち

中編につづく)

取材・文:佐藤恵美 撮影:栗原論 手話通訳:飯泉菜穂子、戸井有希

クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー

乳幼児から高齢者まで、障害のある人もない人も、そして海外にルーツをもつ人たちも、だれもが文化施設やアートプログラムと出会い、参加しやすいように文化芸術へのアクセシビリティ向上に取り組むプロジェクト。国内外の文化施設、地域の課題に関わるNPOなどとも連携し、それぞれの視点や経験をいかしながら、これからの文化芸術活動に必要な取組を推進していきます。

主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京

https://creativewell.rekibun.or.jp/about/