ART NEWS TOKYO2022.08

アール・デコ建築と響きあう、蜷川実花の最新作 “光彩色”の世界

スペシャルインタビュー:蜷川実花(写真家、映画監督)

 

取材・文:浦島茂世 

 


 

写真家、映画監督など多彩な表現活動で人々を魅了する蜷川実花。彼女がコロナ渦に撮り続けた、最新の植物の写真と映像を展示する展覧会「蜷川実花 瞬く光の庭」が2022年9月4日(日)まで東京都庭園美術館で開催されています。

コロナ禍を経て蜷川作品に現れたのは、これまでの作風とは異なる、光に溢れた柔らかな色調の “光彩色”(こうさいしょく)の世界。新機軸となるその新作だけを集めた個展を、昔から大好きな場所だったというアール・デコの館・東京都庭園美術館で開催している蜷川さんに、今回の展覧会にかける思いを伺いました。

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この1年半で世界の見え方が変わった

── 蜷川さんにとって新境地となる“光彩色”の作品が生まれた背景を教えてください。

コロナ禍の1年半、日本各地の植物園等に出かけては、何かに取りつかれたように、“心が動いた瞬間”を撮り続けていたんです。自分でも気づかないうちに自身の不安定さを、撮影することで保っていたような所がありました。この期間は感覚がすごく研ぎ澄まされて、まさに “感覚オバケ” でしたね。気が付いたら4万枚もの写真を撮影していました。今回の展覧会では、その中からセレクトした約80点を展示しています。

撮影:加藤健

私はもともと写真を撮る時は、「こうやって撮ろう」とコンセプトや方向性を最初に決めて撮影することはほとんどないんです。もう少し純度が高いというか、モチーフとただただ対話して、心が動いたときにシャッターを押す、というやり方で写真を撮っています。ですから、今回も後から見返したら、このような“光彩色”の写真が多くなっていたことに気がついたという感じです。自分の状態を意識するより先に、私が今感じているのはこんなことなんだっていうのを、すべて写真の方が先に教えてくれるんですよね。

撮影:加藤健

直接的にコロナと何か関係があるというより、おそらくコロナ禍によって変わった世界の空気みたいなものに敏感に反応していたんだと思います。閉塞感のある世界の中で、光を探して、なんとかこの美しくも儚い瞬間をとどめておきたい、永遠に残したい、と祈るような気持ちで撮っていたところがあって、今考えると、身近にある美しさを捉えることで、世界を肯定したい、こうあってほしい未来や希望を撮っていたのかもしれません。

私にとって、花や植物の写真はデビュー当時から撮り続けている大事なテーマなのですが、ここまで「写真が変わった」と感じたのは初めてのことです。こんなに長く撮り続けてきて、まるで生まれ変わったみたいに、こんなにも世界の見え方が変わる瞬間ってあるんだなと、自分の写真を見て驚いています。

撮影:加藤健

庭園美術館の新しい表情を見て欲しい

── 東京都庭園美術館で個展を開催することについては、どのようなお気持ちですか?

東京都庭園美術館は大好きな美術館で、高校生の頃から通っていました。2005年にこの美術館で「庭園植物記 Artists’Gardens」という、植物をテーマにしたグループ展に参加したこともあって、そのときは3階の「ウインターガーデン」(現在は閉鎖中)で展示することができて、とても嬉しかったことを覚えています。そして再びこの場所で展示ができること、本当にうれしく思っています。

撮影:加藤健

庭園美術館は、いわゆるホワイトキューブの空間ではなく、建物そのものが美術品のような場所。場所の記憶も残されているし、お庭もあって、この建物そのものに力があるんですね。だから、この場所や建物が持っている力や素敵な所をできるだけ生かして、ともによりよくなるにはどうしたらいいかというのが今回大きなテーマで、庭園美術館の新しい表情を見て頂くことができればいいなと思い展示構成を考えました。

とはいえ、重要文化財にも指定されている特別な建物だけに、クギ一本も打つことができないなど、普通の美術館にはない展示の難しさがありましたね。できるだけ目立たない色のワイヤーを使ったり、窓を二重にしたり、学芸員さんと相談しながら、かなり色々な工夫をしています。

撮影:加藤健

普段は閉じていることが多い美術館の窓のカーテンを思い切り開いて、部屋の窓を中心に作品を展示しているので、光の中で光に溢れた作品を見ていただけることも大きな見どころです。時間や天候によって作品の見え方も大きく変わりますし、カーテンの開け方も、作品に合わせて変えているので、そこもぜひ見ていただきたいですね。

光が安定しない中で写真を展示するというのは、従来の展示方法とは真逆なのですが、それもまたおもしろいと感じました。そもそも写真って、刻一刻と変わっていくもののほんの一瞬を納めていくものなんですよね。変わっていく光の一瞬を捉えた写真と、窓の外に広がる変わり続ける光とがうまくつながったんじゃないかなと思います。

撮影:加藤健

この展覧会は、順路のとおりに歩くと春から始まって四季をめぐり、春で終わる構成になっています。1階から2階へ進んでいくにつれて季節も移り変わっていく。そのなかには、この庭園美術館で撮影した写真もあるんですよ。「妃殿下居間」に展示しているマツの写真です。今年の1月、大雪が降った翌日に撮影したものです。

©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

撮影の前日に、お昼過ぎからすごく雪が積もり始めて、その日の夕方に庭園美術館学芸員の田村さんから「お庭がとてもいい感じなので、いらっしゃいませんか?」と連絡を頂いたんです。翌朝にすぐに駆けつけて撮影したのですが、この日は前日と打って変わってよく晴れて、積もった雪が枝の間から落ちて光る瞬間が美しく、とてもいい写真が撮れました。

撮影:加藤健

白と黒の市松模様の床が印象的なベランダは、「桃源郷」をイメージした空間にしました。透過フィルムで作品をプリントしたものを窓側に貼っているのですが、太陽の光が差し込んできてとても美しいんですよ。学芸員の田村さんに聞いたのですが、美術館のお庭に遊びに来た人が、この窓の写真が気になって展覧会を見に来てくれているそう。

普段は作品保護のために窓のカーテンを閉じていることが多いので、お庭が目的でこの場所に来た人には、中でなにをやっているのかわからないんですよね。逆に、美術館に来てくれた人が、窓の外を見て庭園を散策してくれているそう。この展覧会をきっかけに、いろいろ人の動きも生まれているのが嬉しく感じています。

チームで創り出した新しい映像インスタレーション

新館では、映像作品《胡蝶のめぐる季節》を展示しています。ここでは、春から季節をめぐってまた春へと季節の花々を映した映像を透過性のスクリーンに投影して、複数の層のように設置しているので、花々の間を浮遊する“蝶”のような視点で、スクリーンの間を縫うように動きながら鑑賞することができます。

この作品の面白い所は、人が入ることで作品の見え方が全然変わることですね。通常の映像作品だと貸切で見たいってなることが多いと思うのですが、この作品は、森の中を歩いている気分だったり、いろんな人が動くことによって同じ状態が一度もなかったり、人が動く感じも含めて作品になるので、それがすごくいいなと思っています。

これまでも映像作品は制作していましたが、チームを作って制作したのは初めてのこと。撮影をするのは私ですが、撮ったものをどのようにまとめるか、プロデューサーの方とコンセプトを作り上げ、そのコンセプトをもとに、私が撮影した動画を編集担当が編集をし、スクリーンの演出方法をまた別のスタッフと調整、映像ができたタイミングで音楽を作ってもらう、という形です。複数の人たちと作りたいものを共有しながら制作していくのは、すごく心強かったですし、良い経験になりました。一人ではできなかったことも、チームだと可能になる。この経験は次の作品作りにも活かしていきたいです。

これまでの自分を”ろ過”したら、違った目で世界を捉えられるようになった

©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

“光彩色”の写真も映像作品も、すでに展示をご覧いただいた方から「優しさ」「柔らかさ」「癒し」を感じたという感想をいただくことが多いですが、自分でも自分の作品の変化に驚いています。もともと、自分の中にこういう要素もあったとは思うんですけど、映画など尖った作品が多く、ある種の「毒っぽさ」が自分にとって大事な部分だったんですよね。でも、それらを一度 “ろ過” したというか、目的のために怒るとかと、尖るために尖るとか、そういうことから解き放たれてもいいかなと思って、そこにしがみつくことをやめたんです。そうやって自分でもがんじがらめになっていたこと、自分の表現だと思っていたことを手放して、自分のモチーフととことん向き合った結果が今回の展示に表れているんだと思います。

この年齢になって、また全然違った目で世界を捉えることができるようになったのはすごくうれしいことですし、今回このような形で作品を見せることができたのは、庭園美術館という場所の力がすごく大きいなと感じています。ぜひ、たくさんの方に見ていただきたいと思っています。

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プロフィール

蜷川実花(にながわ・みか)
写真家、映画監督。木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画『さくらん』(2007)、『ヘルタースケルター』(2012)、『Diner ダイナー』(2019)、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(2019)監督。Netflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』が世界190ヵ国で配信中。映像作品も多く手がける。2008年、「蜷川実花展」が全国の美術館を巡回。2010年、Rizzoli N.Y.から写真集を出版、世界各国で話題に。2016年、台北現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新。2017年、上海で個展「蜷川実花展」を開催。2018年から2021年に全国の美術館を巡回した個展「蜷川実花展—虚構と現実の間に—」は各地で好評を博し、のべ約34万人を動員した。さらに、2022年には北京で最大規模の個展「蜷川実花展—虚構と現実の間に—」を開催。最新写真集に『花、瞬く光』。

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