俳優の鈴木拡樹さん
「恵比寿映像祭2024」を俳優の鈴木拡樹さんが訪問
「月へ行く30の方法」というテーマに込められた思いとは?
2009年の第1回開催以来、東京都写真美術館を中心に開催されてきた、映像とアートの国際フェスティヴァル「恵比寿映像祭」。16回目となる今年は、「月へ行く30の方法」という総合テーマのもと2024年2月2日から18日までの15日間にわたって開催されました(3階のコミッション・プロジェクトは3/24(日)まで開催)。展示だけでなく、上映やライヴ、パフォーマンスなどさまざまなイベントが開催されたこの映像祭を、映画や舞台で幅広く活躍中の俳優、鈴木拡樹さんが訪問。企画を担当した東京都写真美術館学芸員、田坂博子さんと、共同キュレーターの兼平彦太郎さんに解説して頂きながら東京都写真美術館内の展示を鑑賞しました。
鈴木 音声ガイドのナレーションなどで美術展に関わることがあるのですが、映像のフェスティヴァルに来たのは初めてです。
田坂 「恵比寿映像祭」は2009年から開催されていて、今年で16回目となるアートと映像のフェスティヴァルです。東京都写真美術館を中心に、恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場や地域で連携した各所で15日間にわたって開催しています。今年は、共同キュレーターに兼平彦太郎さんをお招きして企画を実現しました。
鈴木 歴史ある芸術祭なのですね! そして、今年のテーマ「月へ行く30の方法」、僕はこのフレーズにとても惹かれました。いったいどういうことなんだろう……って。30名のアーティストが参加しているというわけでも、スペースシャトルに乗っていく、などの具体的な方法が30種類展示されているわけでもないんですよね。
兼平 「月に行く30の方法」は、「恵比寿映像祭2024」の出品作家のひとり、土屋信子の作品名、展覧会名から引用させていただきました。科学技術や最先端の理論ではなく、アーティストの思考や実践、作品から、我々がどのような未来を考えるか、どのように生きていくか、どこへ進んでいくか、そんなヒントを得られるように展覧会を位置づけました。
鈴木 月という具体的な場所ではなく、生き方や方向なども考える場となっているんですね。想像していた以上に深いテーマです。
田坂 「月」というのは誰もが認識しているものですが、国によって、人によって捉え方、見え方が異なります。日本ではウサギが住んでいると言われていますが、他の国では別の生物が暮らしていたりする。多様な見え方、感じ方があることを観客のみなさんとともに考えられるといいなと考えています。では、さっそく展示を見てみましょう。まず2階の展示から。
その時、その場でしか体感できない映像の「一回性」に着目
鈴木 うわ、壁がない。舞台のセットのような配置ですね。この空間だけでも物語がありそう。
兼平 観客の気の赴くままに見ていただけるよう、順路も特に設置していません。今回の映像祭では「映像の一回性」に着目しています。この展示空間のなかでパフォーマンスやライヴ、トークなども行われます。
鈴木 つまり、明日、この場所を訪れたとしても、今日僕が見たこの風景は見ることができないかもしれないということですか。だとしたら、今日、この瞬間を大切にしたいですね。ではさっそく自由に見て見ますね。まず、気になったのがこちらの……。
兼平 トレイシー・モファットの《一生の傷》という連作です。この写真は、男の子が「オズの魔法使い」のドロシーの役を演じるため衣装を着ていたところ、お父さんから咎められているシーンです。家族のなかでも無意識の偏見や差別がトラウマになってしまう、そんな一瞬を雑誌『LIFE』の写真フォーマットで撮影したものです。
鈴木 とてもスタイリッシュな作品だと思っていたので、話を聞いて一瞬で見え方が変わりました。
兼平 この作品はとても人気で、見に来た方もよくInstagramなどに上げてくれていますが、実はちょっとヒリヒリする側面もあるんですよね。
鈴木 映像や写真について、その制作意図まで知ることって本当に大切ですよね。
鈴木 映像祭とはいいながら、会場に立体作品などもあるのが面白いですね。この床に置かれている作品はなんでしょう?
田坂 髙橋凜の《Sculpture》です。単なる表彰台ではなく、一人では立つことができない表彰台です。
鈴木 実際に表彰台に立ってる3人の写真もある。確かにお互いにしがみついたりしないと倒れてしまいそう(笑) 協力しあわないと3人とも立てないのですね。
田坂 作品を通して他者との関わり合いや、協働に着目するというコンセプトです。会期中は一人で来られた方でも会場内のボランティアスタッフと一緒に表彰台に登れるようにしています。
鈴木 自分もスタッフとチャレンジしましたが……、確かに難しい! そして、本に何かが描かれているこの作品はいったい?
兼平 有馬かおる《〈行為(孤高継続)存在〉道〉2023.1.31〜》は、カントが書いた哲学書『純粋理性批判』の全ページにドローイングを描き込んだ作品です。スタッフが一定時間おきにページをめくります。そのため、本に書かれた作品を鑑賞者は全部見ることができません。
鈴木 まさに一回性ですね。そのとき、その場所にいた人しかそのページを見ることができない。そしてドローイングもシンプルで、いろいろ想像してしまいます。見ていないページにはどんなものが描かれているんだろう? いろいろなヴィジョンが浮かんできますね。
鈴木 そういえば、さきほどから猫の鳴き声が聞こえてくる…。
兼平 この天井のスピーカーから聞こえてくるマルセル・ブロータースの音声だけの作品、《猫にインタビューをする》です。作家は「芸術とは何か?」を猫に問いかけるのですが、猫は「ニャー」としか答えてくれない。その模様を録音した作品です。言葉としては通じていないかもしれないけれど、声の余白に思いを馳せたり、想像してみたりすることも必要なのかなって。
鈴木 確かに言葉としては伝わってないのかもしれないけれど、喋りかけて「ニャー」と言ってくれるってことは、あちらはこちらの意図を理解してくれているのかもしれませんね。自分たちが理解できていないだけかも。
田坂 我々も実はこんな感じでコミュニケーションしているのかもしれませんしね。
マルセル・ブロータース《猫にインタビューをする》天井のスピーカーから猫の声だけが聞こえてくるユニークな作品
鈴木 この作品も猫が出てきますね。
兼平 コリー・アーケンジェルの《3つのピアノ小品 作品11》は、YouTubeにアップされた猫がピアノを引くシーンを集め、編集して、シェーンベルクの《3つのピアノ小品 作品11(Drei Klavierstücke op. 11)》を演奏するというものです。
鈴木 動画をアップした猫の飼い主たちは、もちろん全く意図していないわけですよね。
田坂 猫たちはめちゃくちゃに弾いているように見えますが、音だけ聴いていると、ちゃんとシェーンベルクの音楽になっているんですよ。
兼平 会場に猫の作品が多いので、我々は猫派だと思われがちなんですが、僕は犬派なんでそこのところはきっちりしておきたいです(笑)。
「1日中ここにいられそう!」幻想的な地階の展示空間
手描きのアニメーションと幻想的な音で構成された7つの映像が重なり合う空間に「ずっと見ていたい」と鈴木さん
鈴木 地下1階の展示は2階とはまた趣が異なりますね。とても幻想的です。
田坂 青木陵子+伊藤存の《9歳までの境地》は、数学者の岡潔によるエッセイからインスピレーションを得たインスタレーションです。手描きのドローイングによるアニメーションと音で構成されています。
兼平 7つの映像作品はそれぞれ音がついていますが、特にタイミングをあわせたりしていないので、毎回見るたびに音の重なりが違って聞こえるんです。
鈴木 スポンジや石をスクリーンにして、映像を投射しているんですね! そして、映像も不思議でずっと見ていられる。1日中ここにいられそうです。
田坂 そして、今日見る最後の作品は本展のテーマにタイトルを引用させて頂いている土屋信子の《月へ行く30の方法》です。彼女はこのタイトルでインスタレーションを継続的に発表していて、廃材などのいろいろな素材を集めていて、展示するその場でのインスピレーションをもとに素材を組み合わせて作品を作リます。
兼平 土屋さんは映像をメインにつくっているアーティストではないのですが、彼女が作った作品を見ていると、私たちの頭の中でイメージがいっぱい見出されていく。「私にはこう見える」「私はこう見えた」って、鑑賞者の反応も大きいです。
鈴木 たしかに、無造作にならんでいる作品も、見つめているとなにかに見えてくるから不思議です。いろいろな角度から見たくなって、ぐるぐると回ってしまいますね。今日は駆け足で鑑賞してきましたが、本当に楽しかった。今度はもっと時間をかけて鑑賞したいです。
田坂 恵比寿映像祭は長い歴史のなかで少しずつバージョンアップを重ねています。昨年から、日本を拠点に活動するアーティストを選出し、映像作品を作ってもらう「コミッション・プロジェクト」をスタートしました。3階の展示では、昨年このプロジェクトで特別賞を受賞した荒木悠、金仁淑の2名による、今年のテーマである「月へ行く30の方法」と連動した展示を行っています。この3階の作品のみ、3月24日(日)まで展示しているので、またゆっくりと見に来て下さい。
鈴木 3階の作品は映像祭が終わっても1ヶ月以上見られるわけですね。今回の映像祭を拝見して、椅子やソファーにすわったりしながら、その空間を体感するということも大切なんだなと感じました。僕は舞台人であるので、その空間にいることの大切さを感じてほしいなと思いました。来年以降、「恵比寿映像祭」にいかれる方は、早い時間に来たほうが良いですね。じっくり見る作品が多いので。
そして、この映像祭で大切にしていた一回性という言葉も心に響きました。舞台も一回性の芸術なんですよね、マチネとソワレで演者が同じことをやっても、まったく同じ形にはならない。そこがおもしろいと思います。そしてやっぱり「月に行く30の方法」というテーマ。自分の仕事も、観客の想像力へ働きかける部分が多いので、とても刺激になりました。これからももっともっと美術館に行って、いろいろ思索したいなと思います。
取材・文:浦島茂世 撮影:藤田亜弓
(鈴木拡樹)ヘアメイク:AKI スタイリスト:中村美保
恵比寿映像祭2024「月へ行く30の方法」
会期:2024年2月2日(金)~2月18日(日)[15日間]※終了
※コミッション・プロジェクト(3F展示室)のみ3月24日(日)まで
時間:10:00–20:00(18日は18:00まで)
※2月20日(火)~3月24日(日)のコミッション・プロジェクトは月曜休館 10:00–18:00(木・金は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
会場:東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連携各所ほか
料金:入場無料 ※一部のプログラム(上映など)は有料
鈴木拡樹(すずき・ひろき)
1985年生まれ、大阪府出身。2007年にドラマ『風魔の小次郎』で俳優デビュー。2008年には『最遊記歌劇伝 -Go to the West-』で初主演を果たす。以降、舞台を中心に映画、ドラマなどで幅広く活躍。舞台『刀剣乱舞』シリーズ、舞台『弱虫ペダル』シリーズ、舞台「幽☆遊☆白書」シリーズなど、話題の舞台シリーズに数多く出演している。近年の主な出演作品に、「バクマン。」THE STAGE(2021年)、ミュージカル『SPY×FAMILY』(2023年)などがある。2024年3月に『舞台 PSYCHO-PASS サイコパス Virtue and Vice 3』に出演予定