ART NEWS TOKYO2022.02

都築響一さん

都築響一さんらがキュレーション! 心ときめく「おかんアート」の魅力

 

 

ビーズ、毛糸、結束バンド、軍手、紙袋など、日常のありふれたものも「おかん」たちの手にかかればこの通り。2000年代初頭からじわじわと注目を集めてきた母たちの手芸品、通称「おかんアート」を紹介する展覧会「Museum of Mom’s Art ニッポン国おかんアート村」(2022年1月22日~4月10日)が東京都渋谷公園通りギャラリーで開催されています。作家・編集者・写真家の都築響一さんと「下町レトロに首っ丈の会」の共同キュレーションにより、20人を超えるおかんアーティストの1000点を超える作品が一堂に集結しました。都築さんのインタビューを交えながら、展覧会を巡ります。

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2000年代初頭から密かに注目されていた「おかんアート」

建物に入ってすぐの展示室では、自慢の作品を手にした「おかん」たちの写真がお出迎え

 

都築響一さんが「おかんアート」に注目したのは、1990年代末〜2000年代初め、地方の珍スポットを取材していた頃のことだそうです。

 

都築 「いつも『道の駅』に立ち寄っていたのですが、奥の方に地元の方々による手作り手芸のコーナーがあるんですね。ある時、そこで、全国どこにでも似たようなものが販売されていることに気づいたんです」

 

同時期、神戸の下町コミュニティをサポートする「下町レトロに首っ丈の会」でも地域の「おかんアート」に気づき、後に「おかんアート大学」と称してワークショップや展覧会を行うようになりました。都築さんと「下町レトロに首っ丈の会」の交流から、「おかんアート」史上、これまでにない大型展が実現したのです。

 

最初に「おかんアート」と名づけたのは誰なのかはわかりません。都築さんの調査では、2003年に2ちゃんねるでスレッドが立ったところまでは判明しているとのこと。今では「おかんアート」の感覚があれば性別や地域を問いません。では、「おかんアート」の感覚とはどういうものなのか、展示を見て行きましょう。

 

 

最初の展示室はプレゼンテーションルームのよう。おかんアートタワーには小さな作品たちが並び、壁にはおかんアーティストのポートレート写真が展示されています。

 

都築さん渾身の巨大な「おかんアート」写真も見どころの一つ

 

壁に展示されている作品写真は、都築響一さんが撮り下ろしたもので、以前に歌手の森山直太朗さんのアルバムジャケット『嗚呼』の製作で、おかんアート作品1点をきちんと物撮りした経験がきっかけだそうです。

 

都築 「おかんアートはこれまでバザーのような所でしか見られなかったので、カッコよく見せたいと思いました。きちんと撮ることはきちんと見ることなので、宝石を撮影するような気持ちでビーズの犬とかを撮影したんですよ」

 

そこにあるものを利用する。だから全国誰もが楽しめる

メイン会場となる奥の展示室

 

次の展示室は、「そこにあるものを使う 断捨離よりも『いつか役に立つ!』」、「デザインよりも素材感が大事」、「小さいからかわいい、小さいからたくさんできる」といったキャッチコピーとともに、小さな作品がたくさん展示されて、まるで雑誌の中を歩くようなデザインで構成されています。

 

都築 「まずお金をかけず、荷物の紐とか冷蔵庫の脇に貯めていた紙袋とか、そこにあるものを利用するのが特徴です。軍手で人形をつくったら、切った指の部分でもまた動物などをつくっちゃう(笑)。かつて、この固形石鹸を包んで芳香剤にしたソープバスケットというのが流行ったんですよ。実用と装飾に境界がなく、時代を感じさせる素材もありますね。」

 

左)ロープで作った虎  右)石鹸を包んで芳香剤にしたソープバスケット

 

都築 「お母さんには大抵専用の部屋がないので、片付けの終わった夜の台所などでつくれる、小さな作品が多いのも特徴です。”神戸の巨匠”といわれる香坂司登美さんはテーブルの隅でつくっています。ボンドやグルーガンを惜しみなく使い、楽しく面倒臭くなくつくるんですね。皆で集まっておしゃべりしながら、同じものをいっぱいつくるのも楽しいと言うんです。友達が牛乳パックを持ってきてくれるなど、素材を融通できるところもお母さんコミュニティなんですよね」

 

震災を機に婦人会や老人会などで手芸を教えるようになったという‟神戸の巨匠” 香坂司登美さん

 

都築 「民芸は地域によって風土の違いが出るけれど、おかんアートには風土はないんです。全国の手芸店でキットとして販売されたものも多いので、同じような作品が一斉に現れます。そのうえで個人の持ち味が出てくるのが面白いですね」

 

今はなき出版社の発行物を含む「手芸キット」も多数展示。かつてはさまざまな種類の手芸キットが販売されていたが、現在は減少傾向にあるという。

 

都築響一さんセレクトの孤高の表現者「おかん宇宙のはぐれ星」

独自の表現を確立している3人を都築さんがキュレーション 左から荻野ユキ子さん、嶋暎子さん、野村知広さん

 

最後の部屋では特別展示「おかん宇宙のはぐれ星」と題し、都築さんのキュレーションで、おかんアートに限りなく近く、なおかつ独自の表現を展開しているアーティストを紹介しています。惣菜パックなどでジオラマをつくる荻野ユキ子さん、新聞紙によるバッグや、チラシから切り抜いたモチーフで巨大なコラージュをつくる嶋暎子さん、チラシの箱をつくる野村知広さんの3人です。

 

チラシを切り抜きコラージュした嶋暎子さんの作品は、サイズの大きさと緻密さに驚かされる

左)映画館の清掃員だった荻野ユキ子さんが自発的に制作し、棚やトイレなどに飾っていたジオラマ 右)カラフルなチラシを使って、美しく整然と作られた野村知広さんの「チラシ箱」

 

都築 「独自のレベル、ゾーンに入っている人たちですね。映画館の早稲田松竹で清掃をしていた荻野さんは慎ましい暮らしの人でした。自分で食べたお惣菜のお皿などをお家にいっぱい取ってあって、ノートにスケッチを描いて今度こうつくろうとか、できたものを早稲田松竹の洗面所などに飾ったりして楽しんでいた方でしたね。嶋さんのバッグも野村さんの箱も、好みの絵柄が出てくるように計算されてつくられています。実際につくってみるとなかなかこうはできないので驚きです」

 

みんなでワイワイ喋りながらつくる「おかんコミュニティ」は生のアトリエ

おかんと言っても、ほとんどが普通のおばあさん。しかもアートだと思ってやっていない、手遊びから生まれてくるものばかりです。かつてはお年寄りも家事や農作業で忙しくしていましたが、近現代の核家族化、電化製品等で時間ができたという社会的背景もあって、おかんアートが生み出されたのではと都築さんは考察しています。

 

 

都築 「なぜドアノブにカバーをつけるのか? とは思うんですけど(笑)、生活の中に彩りをつけたい、ひとひねりしたいというメンタリティがある気がしますね。障子に穴が開いたら蝶々の形にしたり、実用だけじゃなくて何か工夫を加えることでほっこり感が生まれるというメンタリティが昔からあるのかもしれません。僕の家のそばに子どもの銅像があって、誰がやっているのか、冬は毛糸の帽子を被せたりとか、月に一遍くらい変わっているんですよ。田舎に行くとお地蔵さんにも着せていますよね。例えば、おしゃれな椅子に手編みの座布団を置かれたら、工業デザイナーには悲しみでしかないと思うけど(笑)、座る方にとってはお尻があったかい方がいいわけだから。デザインの限界を知るというか、人が使うときに大事なものを教えてくれている気もしますね」

 

みんなでおしゃべりしながら、身近な素材で作れる「おかんアート」は、コミュニケーションツールとしても大活躍。

 

では、おかんアーティストたちは、どんな気持ちでつくっているのでしょうか?

 

都築 「おかんはウケようとウケまいと関係ないんですね。おかんは揺るぎない存在です(笑)。ただ、孫にウケうけたくてキャラクターものをつくるうちに自分も可愛いと思うようになるという話はよく聞きます。店頭に飾ると、小学生が学校帰りにワーッと見にくるとか。子供が喜んでくれることが励みになるみたいですね。また、東京のおかんが田舎のおかんに比べて優れているわけでもないし、むしろ田舎のおかんの方が新しい素材で先進的なことをしていたりもします。また、田舎のおかんの方が、公民館や敬老センターなど毎日のように集まる場所があり、完成度や創作欲を切磋琢磨しているのもいいなと思いますね」

 

 

アートの世界では、アーティストは特別な存在のようにいわれますが、普通の人がつくるものも充分特別だと都築さんは考えています。

 

都築 「アート界にはヒエラルキーがあって、一番メジャーなのがファインアートで、その次がアールブリュットやアウトサイダーアートで、いずれも数が少ないですね。一方で、自分で手を動かしているマジョリティーが無視されているのはなぜだろうと思うんですよ。同じようにつくっている外国人のお母さんもたくさんいますし、同じようなものをアーティストとしてつくっている人もいるわけです。外国人の名前をつけたらアートだと思う人もいるかもしれない(笑) 本当はそれほど違いがないものをアート業界は特別なものにしたがります。それが値段をつけるってことでもありますから。価値付けの中に僕たちは生きていて、そうした既成概念をいろいろな角度から見て壊したい感じがずっとあるんですね」

 

 

今回の展覧会では「見たことある」「ウチにもある」という感想が多いようです。都会暮らしの若者が、年末年始に実家に帰り、玄関に手作りの人形が並んでいたらいきなり現実に引き戻されるかもしれません。

 

都築 「身近な存在であり鬱陶しいと思う実家って、普段のアートを見る環境から一番遠い存在である人が多いと思うんですよ。自分はすごく一般の人間だと思っている人の置かれた環境と、創作に生きるアーティスティックな環境をくっつけたいんですね。アーティスティックに生きるってそんなに特別なものじゃないと言いたい。昔からアートは学ぶものとされてきましたが、学ばないとわからないものとすることへの抵抗が僕にはあります。実家の玄関の手作り人形のような卑近なものと、アートを無理やりくっつけたいというね(笑)」

 

 

都築さんによると、日本にはコンビニが約8万軒あり、スナックは約12万軒あると言われているのだそうです。

 

都築 「コンビニはなくてもスナックはある(笑) そういうところには必ずおかんたちのコミュニティがあります。そうした年寄りのお母さんたちのコミュニティが現代日本社会の一つの基層を成している感じがしますね。デビューは病院の待合室だって言うんです。「先生、これ飾っておいて」と。先生は断りきれずに飾る。別の待っている誰かがそれを見て「あら可愛い」「これ、あの人が作ったんですよ」「教えて、教えて」みたいに広がっていく」

 

 

都築 「一方で、お父さんは、仕事がコミュニティだと、定年を迎えると地元の人と遊ぶことができないんですよね。何かつくっても、おとんは技を極める『道』に入るから風通しが悪い(笑) 若者やおとんアートには、“抜け感”や“ゆるさ”、とぼけた味わいがないんです。勝ち負けや優劣をつけたがるのはストレスが上がる一方だからよくないですよね。平均寿命が10歳くらい開いているのにも関係があるかもしれない。お母さんたちの方が健全というかストレス少ないかもしれませんよね」

 

 

おとんの現在が少し心配になりましたが、おかんアートとそれを生み出すコミュニティには現代を生き抜く知恵が詰まっていて侮れません。なお、この展覧会では、TwitterとInstagramインスタグラムで「おかんアート」の投稿を集めています。ハッシュタグを通じて拡大していく展覧会なのです。お母さんやお父さんも誘って、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

 

取材・文:白坂由里

撮影:源賀津己

 

 

 

【関連イベント】

 

 

「おかんアート村 クラウド・ミュージアム」に参加しよう!

近所で見つけたおかんアート、ご自身やご家族が作っているおかんアートなど、「おかんアート」作品や制作している様子の写真・動画をハッシュタグ「#おかんアート村」をつけてTwitter またはInstagram に投稿ください。(1投稿につき画像1枚ずつ。画像比率1:1 推奨) 投稿頂いた画像は、東京都渋谷公園通りギャラリー特設ウェブサイトや、展覧会会場内モニターにてご覧頂けます。

 

■トークイベント

(1)キュレーターズトーク
出演:都築響一、山下香(下町レトロに首っ丈の会)
開催日:2022 年2月18日(金)より配信
会場:東京都渋谷公園通りギャラリーのYouTubeチャンネル
(2)都築響一によるギャラリートーク
開催日:2022年3月4日(金)18:00~18:30(Instagram〈@skdgallery_tokyo〉でライブ配信予定
    2022年3月19日(土)14:00~14:30
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー
   ※会場での参加は、定員に達したため申込受付を終了しました。

 

■ポスターやチラシ箱に早変わり! チラシをゲットしよう!

会場などで配布されている「Museum of Mom’s Art ニッポン国おかんアート村」のチラシは、四つ折り仕様になっており、開くと裏面は都築響一さんが撮り下ろした「おかんアート」のポスターに! また、ポスター面の折り線に沿って折ればチラシ箱の出来上がり! ぜひ作ってみて下さい。

 

プロフィール

都築響一(つづき・きょういち)
1956年、東京都生まれ。作家、編集者、写真家。1989~1991年にかけて美術選集「アート・ランダム」にて『アウトサイダー・アート』と『アウトサイダー・アートⅡ』を出版し、欧米のアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの動向をいち早く日本に紹介した草分け的存在。今日に至るまで、都市のアウトサイドから民俗、ファッション、現代アートまで幅広い領域を横断しながら、独自の視点と経験を活かしたフィールドワークと発信を続けている。

フォトギャラリー

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