ART NEWS TOKYO2021. 08

大反響を呼んだアートプロジェクト《まさゆめ》とは何だったのか

スペシャルインタビュー:現代アートチーム 目 [mé]

右から、南川憲二(ディレクター)、荒神明香(アーティスト)、増井宏文(インストーラー)

 

取材・文:浦島茂世  撮影:源賀津己 


 

去る2021年7月16日、そして8月13日、東京の空に見たこともないような大きな顔が浮かぶ、アートプロジェクト《まさゆめ》が実施されました。これは、2021年夏の東京を文化の面から盛り上げるため、企画公募で選ばれた「Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13」(主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)の一つで、現代アートチーム目 [mé] が企画したもの。世界中から広く募集し、選ばれた「実在する一人の顔」が浮かぶ姿は多くの人の注目と衝撃を集め、テレビやSNS等を通じて、またたく間に大きな話題となりました。

 

2019年に「≪まさゆめ≫とは?」をインタビュー した現代アートチーム目 [mé] の3人に、その後起こったコロナ禍による1年延期、そしてプロジェクトが実現したいま何を思うのか、改めてお話をうかがいました。

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目 [mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13  撮影:金田幸三

世の中の反応も含めたプロジェクト

 

── 途中1年の延期を経てようやくプロジェクトが実現されましたね。今の率直な感想を教えてください。

 

南川 空に顔が上がった風景を見た時、一瞬ですが本当に夢なのかも?と思いました。ただ、その後は「これからが始まりなんだ」と思い直しました。《まさゆめ》というプロジェクトは、顔を浮上させるだけのプロジェクトではありません。顔を浮かべたことで起こる、さまざまな反応や、自分たちも含めた人々の気持ちの変化も追ったプロジェクトですから。

 

当日は何が起こるかわからない中、SNS等を通じてリアルタイムで多くの方と思いを共有できたことは大きな体験となりました。反面、ニュースやSNSでは一言で伝えられる情報だけが拡散されるので、僕らがやっていることをどう伝えていくのかも試されてくるとも感じています。

 

 

 

荒神 実際に空に浮かんだ顔を見た直後は、制作しておきながらも「やっぱり謎だな」と思いました。空に巨大な顔がある状況って、普通に見たらやっぱり不思議ですね。この圧倒的な謎を作り出すために、たくさんの人たちと3年間奮闘し、この状況をあえて選び取ったのだと思うと感慨深いです。

 

そして、この顔を選んで正解だったと感じました。東京の風景にしっかりはまっていたからです。東京の空にどんな顔を浮かべるかみんなで話し合う「顔会議」という公開ミーティングを2019年に行ったのですが、そのときに出てきたキーワードのひとつが「(顔を見ている人たちを)見返してくる顔」だったのです。空に浮かんだ顔は、確かに見返してくるようで、とてもうれしく思いました。

 

 

増井 やっと出来たな、という思いが強かったですね。プロジェクト当日は、技術スタッフと慌ただしく作業していたのですが、一瞬だけ気を抜いて、素の状態で空に浮かぶ顔を見ました。やっぱり「なんなんだ?」って思いました。謎が詰まった作品です。

東京の風景の中に個人の「顔」を浮かべた理由

 

 

目[mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13 撮影:津島岳央

 

 

── このプロジェクトは「個」と「公」がテーマだとおっしゃっていました。

 

南川 人はプライベートな情報をたくさん持っています。そのなかでも究極的にプライベートな情報のひとつが、個人をもっとも表象する「顔」だったり、見た夢だったりします。特に夢なんてプライベートの極みで「他人の夢ほど退屈な話はない」と言う方もいるほど。そんなプライベートな「個」の情報が、最もパブリックな東京の「公」の景色のなかに突然入り込む。森やビル、雲と同じように知らない誰かの「顔」がある。作品を見て、個と公の関係について考えてもらいたかったのです。いま起こっていることは何なのか。人類が共存することとは? 今のパンデミックの状況も、誰かのせいではなく、私たち自身が加担している、自分ごととして考えてみてほしいと思っています。

 

荒神 南川が言うように、作品の原点は私が14歳のときに見た夢です。顔の応募は特に制限はなく、国内外から1,000名以上の応募をいただきました。「誰でも応募できたということは、もしかしたらあの空に浮かぶ顔は、多くの人が見る顔は自分の顔だった可能性もある」と、想像してもらいたい。作品を見た人に自分ごととして考えてもらいたかった。そして、見返すことによって何を感じられるのか。そして自分たちの存在とは何なのか、固まったものの見方でなく感じてほしいです。 

 

目 [mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13  撮影:金田幸三

 

 

── 今回、東京の副都心、そして東東京で顔が浮かびました。この場所を選んだ理由は?

 

南川 顔が浮かんだ後ろの風景がひと目で東京だとわかる場所を選びました。顔を浮かべられる場所はけっこうあるのですが、東京らしさが出る景色がある場所って、実はけっこう少ないんです。場所選びはかなり難航しました。

 

荒神 東京の景色に溶け込ませるために、顔はあえて白黒にしています。着色すると街にある広告看板のような、どこかで見たことがある感じになってしまう懸念があったので。風景のなかに溶け込みすぎず、力強い存在感が出るように、顔の陰影、とくに影の部分は作り込んでいます。顔の影の部分の黒色が、景色のなかにある黒色と同じくらい深い、吸い込まれるような黒色になるようにしています。

 

目 [mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13 撮影:津島岳央  ※2021年8月9日浮上の様子。天候の影響により中断・順延しました。

 

 

増井 顔は1,000パーツ位から出来ていて、黒のトーンの深い所と薄い所、光沢・半光沢などを組み合わせて色を作っています。インクの製造会社のリサーチから始めて、とにかく深い色味を持つ黒色のインクを探しました。その過程で発見したインクを、顔を組み立てる会社に持っていって「こういうインクがあるんですけれど…」と提案するんです。たいていの会社は、使ったことのない材料やインクを使うことに対して最初は及び腰。けれども、いろいろ説明を重ねていくと、向こうも乗ってきてくれて、いろいろな意見が出るようになってきます。

 

理想的な「顔」に仕上げるため、素材となる生地や印刷の色味についても試行錯誤が繰り返されたという。

 

変わりゆく世界のなかで起こることの「意義」を問い続ける

 

── 当初は2020年夏に実施される予定だった《まさゆめ》ですが、コロナ禍により1年の延期となりました。プランに何か変更などはありましたか?

 

 

増井 制作の面では、実施が1年延びたからといっても余裕は生まれませんでした。顔を作ってもらう工場が、緊急事態宣言によって休業に入ってしまったり、(前述の)黒色のインクや生地を探すのに時間がかかったりしていましたので。

 

ビルの6,7階位の大きさの顔を浮かべるためには、できるだけ軽い原料のインクがいいのですが、伸びた時に割れないで、熱にも強い耐熱インクとなるとどうしても重くなります。その辺りの技術的なバランスや、その他の工程も含めて、複数の制作会社や技術者に作品の趣旨を理解してもらいながら、難易度の高い制作を進めることになりました。

 

 

 

 

目 [mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13
撮影:津島岳央

南川 コロナになって状況は大きく変わりました。プロジェクトが単に延期して実施できることでもないと思っていました。しかし、2020年に実施しようとしていたプランでも、「直面する現実にいかにコミットできるか」ということを考えていました。
1964年とも全く違うオリンピック・パラリンピック。東京の次はパリ、ロサンゼルスと、過去開催都市を巡回することになる。都市の発展の象徴という役目から、大きく変化するタイミングに、あらためて「なぜ人類は4年に1度集うのか。」といった本質的な問いかけや視線というものを作品を通してつくりたかった。それはパンデミックの状況でも変わらないと思います。「なぜ、この状況に直面しなければならないのか」想像力を持って、新たな「ものの見方」で世界を捉えようとすることは、不可欠だと思うんです。

 

 

荒神 私は、この大変な状況だからこそ、一人一人がこの圧倒的な謎に対峙してほしいと思っています。たとえ一瞬だけでも日常をふと忘れて、理由や合理性という枠から開放されることは、希望にもつながると考えています。東京に突然この光景が現れることって、とても奇跡的だと思うんですよ。困難な状況下においても、こんなことをやっている人たちがいるということ。私が中学生のときに夢を見たときもそうだったんですが、こんなことを実現させる街があるんだ、こんな想像つかないこともやっていいんだって、思ってもらうことに繋がったらと思います。

 

目 [mé]《まさゆめ》, 2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13 撮影:安達康裕

 

 

── 今後、この《まさゆめ》や目 [mé] の活動は、どのようになっていくのでしょうか。

 

南川 オリンピック・パラリンピックに合わせて、各開催地で、4年に一回、また世界中から顔を集めて、誰でもない一人の顔を浮かべるっていう、定例行事みたいになっても面白いと思います。

 

増井 新型コロナウイルスの流行や天候、場所など、この作品にはこれまで以上の制約や条件がありました。そのなかで、たくさんの人たちと協力して作っていくという経験はとても貴重です。そして、何とかこうして形にすることができたことも大事に思います。今後、作品を作っていくなかでさらに大変な状況になるかもしれません。そのなかで自分たちでできることを、いい形で作品にしていきたいなと思います。

 

荒神 これまでも色んな作品を作ってきましたが、《まさゆめ》ほど、不特定多数の「人類に問えた」と実感できたものはありませんでした。自分のなかでとても新鮮で、本当に貴重な体験となりました。自分の心のなかで消化できないものも多く、今後もずっと考え続けることになりそうです。

 

埼玉県北本市のアトリエにて

目 [mé]

アーティスト・荒神明香、ディレクター・南川憲二、インストーラー・増井宏文を中心とする現代アートチーム。個々の技術や適性を活かすチーム・クリエイションのもと、特定の手法やジャンルにこだわらず展示空間や観客を含めた状況/導線を重視し、果てしなく不確かな現実世界を私たちの実感に引き寄せようとする作品を展開している。日本各地の芸術祭にも多数参加し、2019年には初の大規模個展「目 非常にはっきりと わからない」を千葉市美術館にて開催。コロナ禍による1年間の延期を経て、2021年7・8月、東京都とアーツカウンシル東京による企画公募採択事業「Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13」の1つであるアートプロジェクト《まさゆめ》が実施された。

目 [mé] OFFICIAL WEBSITE

 

【Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13とは】
斬新で独創的な企画や、より多くの人々が参加できる企画を幅広く募り、Tokyo Tokyo FESTIVAL の中核を彩る事業として、東京都及び公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京が実施するものです。国内外から応募のあった2,436件から選定した13の企画を、「Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13」と総称し、展開しています。

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