都立の美術館・博物館・劇場・ホール等の文化施設の運営や、アーツカウンシル東京の各種事業を通じて芸術文化振興に取り組む東京都歴史文化財団。そこで働く「中の人」たちに焦点を当て、仕事やひとを紹介するシリーズです。第1回は、東京芸術劇場で舞台技術の仕事をする3名。音響を担当する石丸耕一(いしまる・こういち)さん、照明と映像を担当する新島啓介(にいじま・けいすけ)さん、舞台を担当する松島千裕(まつしま・ちひろ)さんに、仕事内容やこれまでの経歴、働くうえで大事にしていることなどを聞きました。
※部署名と肩書は取材当時のもの

劇場を支える、舞台技術の仕事
1990年に池袋で開館して以来、音楽や演劇、舞踊などを中心に国内外の舞台芸術を上演してきた東京芸術劇場(以下、芸劇)。世界最大級のパイプオルガンを有するクラシック音楽専用のコンサートホール、演劇やダンスなどの公演を行うプレイハウス、シアタイースト、シアターウエストをそなえ、創造発信型劇場として舞台芸術の創作と上演を行っています。2012年には大規模な改修工事により全面リニューアル。その華やかな舞台を支えるのは、照明や音響、舞台美術などの専門職です。「舞台技術」の仕事と呼ばれ、芸劇では管理課のなかに9名の舞台管理担当者が所属しています。そのなかから3名を紹介します。
照明と映像で見る人を喜ばせたい。新島啓介さん

「裏方の仕事って根本にはみんなを喜ばせたいという人が多いんじゃないかなと思います」と話すのは、照明・映像によるデザインやプログラミング、また演出照明の統括などを担当する新島啓介さん。音楽や演劇の題目に合わせて光による演出を考え、制作と本番の進行を行います。高校生のころ音響の道を志した新島さんは、専門学校在学中にアルバイトでまわったツアーで照明デザイナーに出会い、その世界へ入ります。はじめは舞台の制作会社に就職し、アーティストのコンサートツアーやテーマパークの舞台照明などを担当しました。転機になったのはシルク・ドゥ・ソレイユ。チームの運営や管理、本番のオペレーションなど照明のマネジメントを任されました。世界的なショーでも、アナログな作業の創意工夫でステージをつくり上げていたことが印象的だったそうです。その後、芸劇に転職したのは2012年。
「4つの劇場に多目的なスペースもあり、これだけの規模の施設管理やマネジメントに関われること。そして高校生などのアマチュア公演から世界的な公演まで幅があり、それまで携わってきたエンターテインメントの舞台とは違いますが自分にとって大きなステップアップになると思いました」


芸劇では毎年、高校演劇の都大会も行われていますが「実はプロよりも難しくて」と新島さん。
「高校生たちのやりたいことをなるべく丁寧に引き出します。『背景をグレーにしたいんです』という希望があっても照明はグレーにはできない、じゃあどうするか、といったところを探る。その過程が楽しいですね」
芸劇の照明職員は3名。「僕らの仕事は一人ではできない仕事なんですよね。それぞれが違う個性を持って魅力が生かされる現場だと思います」と語ります。
お客さんを第一に考える音響の仕事。石丸耕一さん

舞台芸術に欠かせない音楽や効果音。それらのプランを考え、オペレーターに指示をするのが石丸耕一さんの携わる音響の仕事です。石丸さんは1990年の開館時から芸劇に勤めています。10代のころに音の仕事に興味を持ち、高校では放送部で活動。自分が流した音楽が全校に届くという体験に衝撃を受けました。大学では在学中にラジオ番組に携わるかたわら、学友の演劇を手伝ったことを機に舞台音響の道へ。舞台音響の草分け的存在といわれる辻亨二氏が主宰するショウビズスタジオに就職し、歌舞伎座と新橋演舞場の舞台音響に従事しました。芸劇がオープンしてからは、歌舞伎の音響で培ったスキルを活かし、オペラの音響を担当。ボリショイ劇場元芸術監督のボリス・ポクロフスキー氏にも師事しました。


現在は2人の職員で4つのホールを担当しています。照明の仕事が視覚演出だとすると、音響の仕事は「聴覚演出」だと言います。
「視覚は意識の感覚、聴覚は無意識の感覚と呼ばれています。演劇の場合、視覚演出は作品世界そのものをつくりあげますが、聴覚演出はその外側からアプローチして観客を作品世界に導きます。4畳半の部屋が舞台上にセットされていたとして、そこでガタンゴトン、ガタンゴトンという音が聞こえたら、『鉄道沿線にある家なんだ』と感じますが、ポンポン、ヒョッヒョーと船の汽笛が鳴れば『港町の家なんだ』と感じるのです」
仕事で大事にしているのは、客席。「音は空気の振動なので体に変調をきたす可能性もある。演出家でも主演俳優でもスポンサーでもなく、いま目の前にいるお客さんを一番に考えること。それがもっとも重要な視点だと思っています」と話します。

違いが尊重される職場。松島千裕さん

松島さんの担当する分野は「舞台」。大道具や小道具といった舞台美術のほか、本番の進行やマネジメントを担います。演出家の意向をくみながらスタッフの調整や進行管理を行う仕事はステージマネージャーとも呼ばれています。幼いころはサーカスのピエロになるのが夢だったという松島さん。たまたま家族で見に行った演劇作品『アルジャーノンに花束を』に感銘を受け、役者を目指します。パフォーミングアーツを学べる大学に進学し、演技のほか照明や大道具、舞台監督などを実践的に学びました。
「大学でいろいろな仕事を学ぶうちに、裏方のほうが楽しくなってしまったんです」と話す松島さん。卒業後は舞台監督の助手として、現代舞踊やバレエなどの踊りの公演現場を経験します。あるときオペラ『蝶々夫人』のスタッフとして芸劇に関わる機会がありました。そこで舞台技術者の募集があり約7年前に入職。最初は不安もあったそうです。「ダンス公演の基礎はありましたが、芸劇で担当するジャンルはさまざま。特に機材や舞台機構の管理はほとんど初めての経験で、すべて教えていただくところから始まりました」と話します。


舞台担当の職員は松島さん含め3人。「些細なことでも年齢や性別の垣根なく相談できる環境です。先輩に対しても、自分の意見を伝えることができて一人ひとりの考えが尊重されるチーム」と表現します。そして、柔軟性が求められるマネジメントの仕事は「楽しい」と話す松島さん。
「公演ごとに例えばライティングの仕込みや音響のプラン、舞台装置も違うので毎回同じスケジュールにはなりません。私の場合はこういうスケジューリングだけれど、別の人はこういうスケジューリングかもしれないと方法はいくらでもあって。そこが面白いですね」
(後編につづく)