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2025年度 アートマネジメント人材等海外派遣プログラム報告会

事業リポート

東京都が国際的なアートハブとしての機能強化を目指す「東京文化戦略2030」に基づき、東京都とアーツカウンシル東京は、将来アーティストと社会をつなぐ役割を担う人材を海外の芸術フェスティバル等に派遣する「アートマネジメント人材等海外派遣プログラム」に取り組んでいます。2023年度にスタートして、2025年度で3回目。今年度は、スコットランド、ブラジル、韓国、台湾、ドイツと、5つの地域へ3名ずつ計15名が派遣されました。

派遣参加者は、各地域ごとに企画された「ベーシック・プログラム」と、参加者個人が興味関心に基づいてリサーチ・企画・調整をする「オリジナル・プログラム」をもとに約1週間の滞在期間を活動します。

2026年3月12日に開かれた報告会では、派遣参加者が一堂に会してそれぞれの派遣先での成果を発表しました。

第1部では、各自がプログラムに参加した目的や派遣先での活動を報告。第2部は、座談会形式で派遣先での気づきをさらに深掘りし、派遣を経験したからこそ見えてきた今後の活動の方向性などについて意見が交わされました。

◼️第1部 派遣参加者による活動報告

◇スコットランド エディンバラ派遣
「エディンバラ・インターナショナル・フェスティバル」、「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」

派遣期間:
2025年8月15日~22日
アドバイザー:
須藤千佳(ブリティッシュ・カウンシル アーツ部長)

【ベーシック・プログラム】

「エディンバラ・インターナショナル・フェスティバル」、「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」の視察を中心に、ブリティッシュ・カウンシル主催のレセプションや、フェスティバル関係者や公的機関関係者とのミーティング、関連施設の視察を実施。エディンバラ城で開催された「ミリタリー・タトゥー」をはじめ、政治的テーマを扱った演劇や新作バレエなどを鑑賞。

【オリジナル・プログラム】

篠原美奈さん[アートマネージャー]

音楽公演を中心に視察したので、クラシックなど過去の作品が多く取り上げられていたのですが、「なぜ今この作品を演奏するのか」という問いが意識的に提示されていました。ストーリーテリング等の演出を通して、歴史的背景や社会的文脈を伝える試みが重要視されているのが印象的でした。また、スコットランドでは小さな音楽コミュニティが多くあり、それらを福祉や教育の分野とつなげて、地域の人と継続的な関係性を築くことも大切にしているそうで、フェスティバルの華やかな舞台の背後にある草の根的な実践に興味を持ちました。

張藝逸さん[企画構成、プロデュース]

クリエイティブ・スコットランド本部でのEDI(Equality, Diversity, Inclusion)部門責任者の方との面会が特に印象的でした。助成金申請の段階から多様性に関する設問が設けられているほか、障害のあるアーティストや移民・難民を対象とした支援プログラムも整備されているなど、EDIの理念がそのまま制度に組み込まれている点が素晴らしいと思いました。そして政策を立案する側にも当事者が配置されていることが、制度の説得力を高めていると感じました。また、現地では同時期に複数のフェスティバルが開催されており、多層的なフェスティバル環境を体験することで、自身の視点を相対化し、今後の活動に還元していく重要な学びを得ることができました。

野田光汰さん[演出家、劇作家]

地域の文化資源となり、街の風景そのものを変えるようなフェスティバルがどのように成立するのかを探りたいという思いで派遣に参加しました。実際に派遣先に行ってみてわかったのは、エディンバラの特徴である探索性の高い都市構造や、都市近郊の雄大な自然といった都市環境そのものが、フェスティバルの魅力の基盤となっていること。フェスティバルが主導してアウトリーチを行い、地域住民を巻き込んでいく構造ではなく、フリンジ参加者の強い自発的エネルギーが街に流れ込み、そこに観光客や商業活動が加わることでフェスティバルが形成されている構造が見えてきた点が発見でした。


◇ブラジル サンパウロ~イニョチン派遣
「サンパウロ・ビエンナーレ」、「INHOTIM(イニョチン)」

派遣期間:
2025年9月2日~9日
アドバイザー:
神谷幸江(国立新美術館 学芸課長)

【ベーシック・プログラム】

「サンパウロ・ビエンナーレ」と、世界最大の野外美術館として知られる「INHOTIM(イニョチン)」の2箇所を派遣先として、現代美術関係者との面談、展覧会・施設見学等を実施。そのほかサンパウロ美術館(MASP)、サンパウロ大学現代美術館、サンパウロ州立美術館、サンパウロ州立現代絵画館の視察および関係者へのヒアリングを実施。

【オリジナル・プログラム】

木村こころさん[キュレーター]

フェミニズムやクィアの視点、脱植民地主義的な芸術実践に関心を持っているので、「サンパウロ・ビエンナーレ」におけるキュレーションが、どのようにローカルナレッジ(地域固有の知識や歴史)を扱っているのかを調査したいと考えていました。サンパウロでの展示の多くは、ローカルな歴史や社会構造を振り返るだけでなく、それらを再解釈し、そこから生まれ得た別の可能性や未来を想像する姿勢を示していました。サンパウロのアートシーンで実践されているような脱植民地主義的な視点は、単に過去の植民地主義を分析するための枠組みにとどまらず、日本社会内部の権力関係や歴史を再考するための新たなフレームワークとして活用できる可能性があると思います。

須藤菜々美さん[アート・プロジェクトマネージャー]

インディペンデントスペースの状況に関心があったので、サンパウロ西部のヴィーラ・マダレナ地区にあるギャラリー兼レジデンスのスペースを訪問し、3つの施設のオーナーと面会しました。この地域には複数のレジデンスやギャラリーが近接しており、横の連携が強いのが特徴です。それらの拠点の多くは、オーナー自身がアーティストであり、ギャラリーやレジデンス、コミュニティスペースとしての役割を兼ねて運営されていて、アーティストの受け入れについては公式のオープンコール制度ではなく、知人の紹介などによるインフォーマルなネットワークを重視していると聞き驚きました。コミュニティスペース同士の横のつながりが、地域のアート活動を支える重要な基盤となっていることがわかりました。

檜山真有さん[キュレーター/アートセンターBUG]

ブラジルにおける美術館の位置付けに関して、日本との違いが印象的でした。ブラジルでは寄附文化が強く、美術館のコレクション形成は寄附によって支えられているそうです。また、美術館は展示だけでなく、文化教育の場として地域社会に関わる役割を担うものとして捉えられていて、教育的な役割やアクセシビリティを重視したプログラムが求められる点は新鮮でした。今回の滞在を通じて、ブラジルが文化的・歴史的に大西洋(アトランティック)を強く意識している点を感じました。文化的視点は、どの地域・海域との歴史的関係を基盤としているかによって大きく異なるもので、日本の環太平洋的視点との違いは、自分自身が文化史や国際交流を考えていくうえで新たな視座をもたらしてくれました。


◇韓国 ソウル派遣
「ソウル・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(SPAF)」、「パフォーミング・アーツ・マーケット・ソウル(PAMS)」

派遣期間:
2025年10月15日~22日
アドバイザー:
小野江麻里子(特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)事務局長)

【ベーシック・プログラム】

韓国最大規模の国際舞台芸術フェスティバルである「ソウル・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(SPAF)」と、アジア有数の舞台芸術プラットフォーム/芸術見本市として知られる「パフォーミング・アーツ・マーケット・ソウル(PAMS)」に参加。SPAFでは公式プログラムを3作品鑑賞し、韓国で活動するプロデューサー2名へのインタビューを実施。

【オリジナル・プログラム】

河野遥さん[舞台制作]

韓国は文化予算が豊富な国という印象を持っていましたが、派遣先で関係者と対話していくと、創作現場の課題は日本と大きく変わらない部分もあることが見えてきました。一方で、アクセシビリティに関する高い専門性を有するModu Art Theaterや、作り手の発掘や作品の質の向上を目的とした施設として2025年にオープンしたばかりのSeoul Theater Creation Centerといった専門施設の充実には目を見張るものがあり、業界の基盤を支えていると感じました。また、数多くのフェスティバルが開催されていることで、若手の制作者やプロデューサーが活動する機会が豊富に存在している点は魅力でした。将来自分がプロデューサーとして活動することを志すにあたり、自身のキャリアやプロデューサーという役割について考える機会となりました。

木村友哉さん[制作者、ライター、スペース運営者]

日頃から都市と舞台芸術の往還をどのように生み出すかという関心のもとで活動しています。特に印象的だったのはオルタナティブスペースの視察。場所が単なる機能的な施設ではなく、人が集まり対話や企画が重なっていくことで経験が蓄積され、その場所自体が次の創作や実践を支える土壌になっていく感覚を共有できたことで、自分自身も人が集まり対話が生まれる場を継続的に開いていきたい、と改めて決意しました。
滞在を通じて、「国際共同制作をなぜ行うのか」という問いが、「どのように実践するのか」という具体的な方法を考える段階へと視点が移ったのが自分の大きな変化でした。国際交流においては相手を共通項に還元するのではなく、差異を残したまま関係を築くことが、むしろ次の協働の推進力になるはずだと考えています。

松尾加奈さん[プロデューサー]

PAMSとSPAFに関してはできるだけ多くの作品やピッチングを観ることを目的としつつ、フェスティバル以外で展開されている現地の演劇活動にも触れたいと思い、ストリートで開催されていた「恵化洞1番地同人フェスティバル」では移動型演劇を体験しました。また、アルコ芸術劇場のディレクターとして活躍する、カン・リャンウォン氏が率いる劇団Dong Theater Companyの稽古場を訪問し、作品『ムクティ』の通し稽古を見学しました。この作品では韓国社会の課題である移民や多文化共生の問題が描かれており、日本社会とも重なるテーマだと感じました。日本と韓国は社会的課題や文化的背景を共有する部分も多く、演劇を通じた共同制作の可能性は大きいと思っているので、交流を通して、共通の問題と差異の両方を認識しながら新しい創作関係を築くことができたらと考えています。


◇台湾 台北~台中派遣
「台北ビエンナーレ」

派遣期間:
2025年10月30日~11月6日
アドバイザー
片岡真実(森美術館 館長/国立アートリサーチセンター センター長)

【ベーシック・プログラム】

アジアにおける重要な国際ビエンナーレのひとつである「台北ビエンナーレ」のオープニングに合わせ、台北・台中・台南・高雄といった台湾の主要都市を巡り、台湾初の美術館・図書館複合施設である「台中縁美図」のプレオープンをはじめ各地の美術館や展覧会を訪問。

【オリジナル・プログラム】

井戸沼紀美さん[キュレーター、ライター、編集者]

アートハウス系の映画館や映画アーカイブを訪問し、上映だけでなくフィルム修復、ロケーション支援、資料ライブラリーの公開など、多様な活動が行われていることを知りました。台湾では芸術映画を上映する施設の数自体は多くないものの、映画文化を支える多機能な拠点として役割を果たしていることがわかりました。台北や高雄のインディペンデントな上映団体も訪問しましたが、小規模ながら、国内外の作家との交流や、短編映画・学生映画など商業映画館では上映されにくい作品の紹介を行っており、芸術映画の普及に重要な役割を担っていると感じました。美術館やフェスティバルといった大きな枠組みと、インディペンデントな小規模スペースの両方を視察できたことで、両者の活動が並行して存在することこそが文化の多様性を支える基盤となるのだと実感しました。

黒沢聖覇さん[プロジェクト・マネージャー]

沖縄県本部町備瀬にオープン予定のアジア地域の現代美術展示を軸としたアートセンター「PAN沖縄」の準備室に所属している関係で、沖縄と台湾の歴史的関係を背景に、台湾のアートシーンや原住民文化に関する理解を深めるために参加しました。台湾東部の台東地域を訪問し、原住民アーティストのスタジオ訪問やワークショップに参加したのですが、そこでは台湾原住民やハワイなど太平洋地域の先住民ルーツのアーティストが集まり、文化やアイデンティティに関する議論が行われていて、アジア太平洋地域の先住民文化をつなぐネットワークが形成されていることが印象的でした。「台北ビエンナーレ」を中心とした国際的な現代美術の動向と、原住民文化や地域文化に根ざした実践が台湾のアートシーンの中で共存していて、台北と台東では文化的背景や活動の性格が大きく異なるものの、その多様性が台湾の現代美術の重要な特徴となっていると感じました。

和多利光さん[キュレーター、インストーラー、イベント企画立案]

私設美術館の運営に関わっていることから、特に美術館の運営方法や資金調達、文化政策といった観点に関心を持って視察を行いました。私設美術館や地域の文化施設など、さまざまな場所を訪問した印象としては、美術館の建物自体も公共空間として活用されており、休館日でも市民が運動やダンスなどの活動に利用するなど、多様な使われ方がされていたのが新鮮でした。入館料も比較的安価で、子どもから高齢者まで幅広い人々が気軽に訪れることができる環境が整っていました。さらに、まちなかの公共空間にもアートが取り入れられていて、アートが日常生活の中に自然に存在している状況が見られ、街やアートに対する愛情を感じましたし、アートに興味がない人をいかに引き込んでいくかという、資本主義的ではない流れが好印象でした。


◇ドイツ ベルリン派遣
「ベルリン国際映画祭」、「ヨーロッパ・フィルム・マーケット(EFM)」

派遣期間:
2026年2月11日~2月18日
アドバイザー:
是枝裕和(映画監督)

【ベーシック・プログラム】

世界的な映画祭である「ベルリン国際映画祭」と、同時開催されるマーケットプレイスである「ヨーロッパ・フィルム・マーケット(EFM)」に参加。滞在期間中は、マーケット会場に集まる世界各国のプロデューサー、セールス会社、バイヤーとの映画作品・企画の商談・ネットワーキングを中心に活動。

【オリジナル・プログラム】

中馬康輔さん[映画プロデューサー]

プロデューサーとして日本と台湾の国際共同制作の映画化を目指している中で、作品を海外市場に展開するためのネットワークを構築したいと思い参加しました。映画祭やマーケットを通じて、販路を持っているセールス会社、映画祭プログラマー、セレクションコミッティー、コンサルタントとつながることができ、企画段階の作品でも国際的な配給や上映の可能性を探ることができると実感を得ました。作品上映の場であると同時に、プロデューサーや配給会社、映画祭関係者が集まる産業ネットワークの場でもある国際映画祭の醍醐味を経験できたと思います。また、クィア映画コミュニティの歴史や活動に触れる機会を得て、映画が単なるエンターテインメントではなく、社会的・政治的な意味を持つ文化実践でもあることを改めて認識し、今後の映画制作においてもその意義を意識して取り組んでいきたいと感じました。

全辰隆さん[映画監督]

自身が監督した短編映画をもとにした長編映画プロジェクトに取り組む中で、企画の国際展開や制作の可能性を広げることを目的として派遣に参加しました。そこで国際的に活躍する映画関係者4名とのミーティングが実現し、脚本開発段階の企画についてアドバイスやコメントを得ることができました。また、ベルリンの歴史を通じて、現在も世界各地で続く紛争や分断の問題について考える契機となり、自身が取り組む映画のテーマとも重なる経験となりました。街中には旧ベルリンの壁の位置を示すラインが残されており、現在は自由に往来できる都市の風景の中で、過去の分断の歴史を体感することができ、歴史の中で埋もれてしまいがちな個人や家族の物語を映画として描くことの重要性を改めて認識しました。

早川史也さん[映画監督]

自身初の長編作品の企画を開発中で、将来的に国際共同制作として展開する可能性を探るため、ヨーロッパのプロデューサーやセールス会社とのネットワーク構築を目的に派遣に参加しました。ドイツとアメリカの映画団体が主催する交流イベントである「D&I Afterwork」やアジアの映画関係者が集まる「台湾ナイツ」への参加、セールス会社やプロデューサーとのミーティングを通じて、企画段階の映画でも国際的なネットワークを築くことの重要性を学んだほか、脚本開発プログラムや助成制度など、今後の制作プロセスに役立つ具体的なアドバイスを得ることもできました。「ベルリン国際映画祭」は映画業界関係者だけでなく一般市民にも広く親しまれている様子が体感でき、街全体が映画文化に関わっている様子が印象的でした。

第2部:座談会

◇スコットランド エディンバラ派遣:今後の国際共同制作に向けて考えていること、気づきなどはありますか?

野田光汰さん:日本で日本在住の外国人とやることも国際共同制作といえるのではと思います。スモールスタートすることが重要で、その先にどんどん関係性が広がっていくと思います。

張藝逸さん:今年の5月に開催される「Theatertreffen」のインターナショナルフォーラムのフェローに選出されているのですが、エディンバラのフリンジで知り合ったアーティストの知人もフェローとして参加すると聞いたので、一緒に何かできたらと考えています。

篠原美奈さん:音楽分野の場合は、他の芸術文化領域に比べて言語に頼らない表現であると同時に、国際共同制作を柔らかく捉えて拡張して咀嚼していくことが可能だと思っています。

◇韓国 ソウル派遣:派遣先で気づいたことの中で、自身の活動に関連づけられる発見を教えてください。

松尾加奈さん:派遣前は韓国の潤沢な文化予算に羨望の眼差しを向けていましたが、実際に派遣先の関係者と話してみると、育児とアートマネジメントの仕事の両立や、生計を立てることと創作活動のバランスといったように、個人レベルで抱えている課題には共感できることも多いと感じました。

木村友哉さん:今自分が置かれている環境の中で、どのようにやりたいことを実現していくかを建設的に考えることが重要だと改めて感じました。派遣を機に出会った関係者とは、問題意識を共有できる仲間としてこれからも交流を続けていきたいです。

河野遥さん:施設に対する文化予算の投資の大きさに圧倒されました。Modu Art Theaterでは、発達障害の人と一緒に作品を作るために、それをサポートできる人材から育成する、といった長期的なスパンでの人材育成にも着手していて、そうした将来への投資が韓国の文化発展のスピードを加速させていくのだと思います。

◇ブラジル サンパウロ~イニョチン派遣:派遣で得られた新たな気づきを受けて、今後の活動の展望は?

須藤菜々美さん:国際交流の場で出会う人に対して、自国の身近な制作環境や業界事情を共有し、コラボレーションの可能性を提示できるように、自分自身の情報のアップデートを常に図っておかねばと思いました。

檜山真有さん:キュレーター自身がパフォーマティブに展覧会の中に身を置くことで、自分の責任=キュレーターシップを発揮している点が印象的でした。キュレーターとして、公共性だけでなく、民主性をどのように追求していくべきか、自分の中でのあり方を考えていきたいと思えるきっかけになりました。

木村こころさん:同じ国際交流、国際共同制作といっても、アジア地域内での交流・共同制作よりも、ブラジルで実現するためには、より多くの時間が必要ですし、お互いの文化や歴史に関する解像度をもう少し上げていくことに自分も貢献していきたいと感じました。

◇台湾 台北~台中派遣:アジアの国際展がグローバルに発信していくために必要なことは何だと思いますか?

和多利光さん:私設美術館の立場から考えると、国際展のテーマを設定するにあたり国際性を意識し過ぎることには懐疑的です。戦争、環境、ジェンダーといった普遍的な課題意識に縛られることになり、かえって多様性を失うことになるのではないでしょうか。むしろ日本にわざわざ行かないと見られない、体験できない日本固有のものを打ち出す作り方にする必要があるように思います。

井戸沼紀美さん:これまでのビエンナーレでは台湾出身のキュレーターを必ず一人入れていたが、展示を世界に開くために台湾の外の人に委ねることによって生まれるものに期待する方針に切り替えたと聞きました。たしかに、今回のビエンナーレを手がけたドイツのキュレーターは、壁を取り払って緩やかなつながりを生み出すことを大切にしていました。極力キャプションをつけない展示構成などは、言語に頼らず、同じ立場から展示を見られる工夫を意図していたように感じられました。

黒沢聖覇さん:台北ビエンナーレは歴史が長く、国際的なビエンナーレとして一定のクオリティが評価されているものだと思う一方で、今はアジアとは何かを再考すべき場面に差し掛かっていると感じます。対西洋ではなくアジアそのものの深みを練り直すことが重要で、そのためにはお互いの国や地域を行き来しあって、お互いの知らなかったことを知り合うことでアジアの深いところが見えてくる。それがアジアから発信する展覧会につながるように思います。

◇ドイツ ベルリン派遣:日本国内の映画人材が海外で活躍するために必要なこと・スキルとは?

中馬康輔さん:企画段階から映画祭のマーケットに行って、海外のパートナーを見つけたり出資先を見つけたりすることが重要だと実感しました。そのために商談ができる英語力やプレゼン力は前提として必要ですし、さらに企画そのものが面白いことも重要なので、監督とプロデューサーとが二人三脚で磨き上げていくことが肝要だと思います。

全辰隆さん:日本国内における芸術映画の評価を高めることが最優先課題だと思っています。映画産業、さらにそこにとどまらずアート全般を嗜む文化を一般の人たちにも広げていかないといけない。そのための方策を考えたいです。一般の人が興味を持ってくれる度合いが上がれば、芸術映画であっても商業性やビジネスにもつながるものとして発展が見込めると期待しています。

早川史也さん:今回の派遣を通して、自分の企画を監督の口から情熱を持って訴えかけることで、興味を持って手をさしのべてくれる人が多いと感じたので、プロデューサーだけではなくて、監督も自分の言葉で熱量を持って企画を説明できることが重要だと思います。

第2部の最後には、スコットランド派遣のアドバイザーを務めたブリティッシュ・カウンシル アーツ部長の須藤千佳さんより、日本のアーティストとのコラボレーションに対する国際的な需要の高まりが紹介され、国際共同制作を担えるプロデューサーや制作者の育成への期待と、本派遣参加者の今後の活躍へのエールが贈られました。

演劇、音楽、ビジュアルアーツ、映画と、多様な分野かつ多様な派遣先の参加者がともに経験を共有し合うことを通して、共通の課題を見つけることができたり、それぞれの向かう方向性に刺激を受けあったりと、今後の活動に活かせるヒントが詰まった報告会でした。派遣先での体験や海外の芸術文化関係者との交流はあくまでもきっかけに過ぎませんが、各人がそれらの経験を活かし、自身の活動の次の一歩に結びつける努力をしていて、具体的なプロジェクトやキャリア形成に反映していることが頼もしく感じられました。派遣参加者15名の今後の活動に大いに期待したいと思います。

【派遣参加者プロフィール】

◇スコットランド エディンバラ派遣

篠原 美奈 SHINOHARA Mina
アートマネージャー
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院国際芸術創造研究科修了、博士課程在籍。クラシック音楽家を中心にまちなかで新たな表現を模索するコレクティブ「あちらこちら」を主宰。2024年より「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」でコーディネーターを務めるほか、音楽やアートプロジェクトの現場で制作/アートマネージャーとして活動する。

張 藝逸 ZHANG Yiyi
企画構成(プロデュース)
立教大学映像身体学科卒業後、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士課程修了、現在博士後期課程に在籍。多文化協働演劇とコミュニティベースの実践を研究しながら、プロデューサー・ドラマトゥルクとして活動。2024年、多文化協働による多言語演劇『The WORLD』を企画・構成した。2025年、東京芸術劇場「Tokyo Borderless Theatre Project」にてワークインプログレス作品を企画・創作した。

野田 光汰 NODA Kota
演出家、劇作家、プロデューサー
2019年に劇団人間の条件を設立。音楽を起点にして身体性にフォーカスし、現代的感覚に基づいた古典のテキストの演出を行う。2023年には「条件の演劇祭vol.1-Kabuki」のフェスティバル・ディレクターを務め、2024年には津久井やまゆり園事件を題材にした『The Human Condition』を上演し、現代的な問題に向き合う新たな作品制作に踏み出した。

◇ブラジル サンパウロ~イニョチン派遣

木村 こころ KIMURA Kokoro
キュレーター
オランダ・ユトレヒト大学大学院Arts and Society修士課程修了。近年では、Art Collaboration Kyoto 2025のパブリックプログラムやThe 5th Floorでのキュレーションを手がけた。そのほか、MES56を始めとするインドネシアのコレクティブとのプロジェクトにも取り組む。

須藤 菜々美 SUDO Nanami
アート・プロジェクトマネージャー
2020年早稲田大学文化構想学部卒業。大学在籍中からフリーランスで編集者として活動を開始し、各種メディアでの記事制作や運営、展覧会での情報設計や執筆を行う。その後、2022年頃〜 NYAW inc.、Whatever Co.などの都内のスタジオに参加しながら、展覧会などのプロジェクトにおける制作統括、アーティスト・クリエイターのマネジメントを行う。

檜山 真有 HIYAMA Maaru
キュレーター/アートセンターBUG
2023年よりリクルートアートセンター入社。越後妻有里山現代美術館MonET 連続企画展ゲストキュレーター(2023-2026)。近年のキュレーションに田中藍衣個展「リバースストリング」(越後妻有里山現代美術館MonET、新潟、2024)、雨宮庸介個展「雨宮宮雨と以」(BUG、東京、2023)など。アートワーカー(企画者)向けプログラム「CRAWL」(BUG、2024-)を設計・運営するなど展覧会実践に限らないキュレーションの方法論を実践中。

◇韓国 ソウル派遣

河野 遥 KAWANO Haruka
舞台制作
国立音楽大学音楽文化教育学科音楽情報専修卒業。在学時より演劇カンパニー ヌトミックに加入し、劇団運営と公演制作を務める。またフリーランスの制作者として、小・中劇場規模の公演や演劇祭の制作、団体運営などを担う。

木村 友哉 KIMURA Yuya
制作者、ライター、スペース運営者
演劇コレクティブ「ザジ・ズー」共同主宰、「仮設社」代表。横浜・中村町の多角的スペース「ザ・シティイ」を拠点に、演劇創作と場づくり、編集を横断しながら、都市と舞台芸術の〈往還〉の回路を構築している。

松尾 加奈 MATSUO Kana
プロデューサー
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ World Theatresコース修了。NPO法人月面脱兎社代表理事。舞台芸術の創作プロセスに関心を持ち、これまでダムタイプ、松田正隆、ヌトミックなどの舞台公演のほか、演劇ワークショップの記録・アーカイヴ化に取り組む。プロデュース作品としては、音楽劇『How Was It For You?』、劇映画『Neighbor’s』、ドキュメンタリー映画『人々の大地』等。

◇台湾 台北~台中派遣

井戸沼 紀美 IDONUMA Kimi
キュレーター、ライター、編集者
映画上映と執筆を軸にした個人プロジェクト「肌蹴る光線(はだけるこうせん)」を2018年に始動。各種メディアへの寄稿や不定期の上映活動を続ける。 2025年より脱植民地主義の視点からアジアの映画コミュニティにおける新しい関係性の構築を模索するコレクティブ「///(スリースラッシュ)」に参加。

黒沢 聖覇 KUROSAWA Seiha
キュレーター、プロジェクト・マネージャー
複数の国内美術館を経て、現在PAN沖縄準備室キュレーター/プロジェクト・マネージャー。主な展覧会に、「コレクション展1 それは知っている:形が精神になるとき」(2023、金沢21世紀美術館)、「ZERO IS INFINITY 『ゼロ』と草間彌生」(2020、草間彌生美術館)、タイランド・ビエンナーレ・コラート2021(コ・キュレーター、2021、ナコンラチャシマ県各地)など。

和多利 光 WATARI Hikaru
キュレーター、インストーラー、イベント企画立案
ワタリウム美術館勤務。「パビリオン・トウキョウ2021」「Reborn-Art Festival 2021-22(後期)」の作品インストール、運営。新藤淳氏(国立西洋美術館主任研究員)、山口桂氏(クリスティーズジャパン 代表取締役社長)らを講師に招き、現代アートとの関わり方を模索するシリーズ講演、「知る・見る・創るアート」を企画。

◇ドイツ ベルリン派遣

中馬 康輔 CHUMA Kosuke
映画プロデューサー
2020年よりTWENTY FIRST CITYにて、海外の映画、ドラマ、CMの国内制作に携わる。担当作品に『Sunny』(2024年/A24)や『Bullet Train』(2022年/Sony Pictures)など。2024年には映画『グレース』の買付、配給を行う。 現在は、台湾との共同製作による初の長編映画プロデュース作品『ポラリスが降り注ぐ夜』を準備中。

全 辰隆 CHUN Jinrung
映画監督
秋田市出身、在日コリアン3世。2024年度に日韓合作短編映画『国道7号線』の監督・脚本・編集を務める。本作は各国映画祭で上映・受賞を重ねている。 現在はユニジャパン主催「Film Frontier」支援のもと長編版の企画開発を進行中。また、東映との初の商業長編映画(日韓合作)の撮影を終え、2026年公開を予定している。

早川 史也 HAYAKAWA Fumiya
映画監督
早稲田大学卒業後、テキサス大学オースティン校で映画制作の修士課程を終了。米国ではリチャード・リンクレーター監督作品や他インディペンデント作品を中心に活動。2024年より日本に活動拠点を移す。これまで監督した短編作品はアカデミー賞公認のグアナファト国際映画祭やボゴタ短編映画祭等にて上映。現在、長編作品『残された空白』を企画開発中。

(文中・敬称略)


アートマネジメント人材等海外派遣プログラム
東京都が世界的な芸術文化都市を目指す上で、世界に通用する作品を生み出しその価値や芸術性を発信することで東京と世界とをつなぐ役割を担う、若手アートマネジメント人材の育成が欠かせません。本プロジェクトでは、意欲溢れる若者たちを短期で海外の芸術フェスティバル等に派遣し、先駆的な作品や創作創造現場に直に触れ、グローバルな視点から創造的な活動を推進、海外セクターとネットワーク構築・強化する機会を提供し、国際的な活動の第一歩となるよう後押しすることを目指しています。

2025年度 アートマネジメント人材等海外派遣プログラム
公式サイト


文:前田真美