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芸術文化の今日的かつ重要な課題を取り上げ、各分野の有識者の方々をお招きし、国際都市としての芸術文化施策のあり方をめぐる議論の場を創出する取り組みとして、毎年好評を博しているアーツカウンシル・フォーラム。2025年度は「芸術文化とクライメートアクション」をテーマに掲げ、1月30日(金)にアーツカウンシル東京にて開催されました。深刻化する気候危機を背景に、芸術文化機関が社会的使命としていかに持続可能な社会づくりに寄与できるかを考察し、その役割、制度や支援のあり方について、多角的な議論が交わされた様子をレポートします。
最初のプレゼンターはArts Council England(アーツカウンシル・イングランド)で環境責任担当シニア・マネージャーを務めるフェイマッタ・コンテさん。イギリスの文化セクターにおいて、とりわけイングランドにおける取り組み、そして未来をどのように見ているかということを制度的な枠組みと合わせてご紹介いただきました。
アーツカウンシル・イングランドは、1946年にアーツカウンシル・ブリテンとして発足して以来、時代に応じて形を変えながらイギリスの文化セクターを支える存在であり、創造性と文化を推進する国家開発機関として、アーティストへの資金援助だけではなく、開発・発展の面からも多様な芸術活動をサポートしている組織です。
アーツカウンシル・イングランドでは、2010年に発表した「Great Art and Culture for Everyone(すべての人に素晴らしいアートを)」と銘打った10年戦略の中で、文化機関の環境持続可能性を政策の重要課題として位置づけ、レジリエントで環境的に持続可能な芸術文化団体、博物館、図書館を運営しなければならないという方針が示されました。それを受けて、2012年にNPO法人Julie’s Bicycleと協力して実践に落とし込んだのが、「Environmental Responsibility Program(環境責任プログラム)」です。助成を受ける芸術文化団体は環境計画を策定し、炭素排出量などの環境データを毎年報告することが求められる仕組みとのこと。
「環境責任プログラムの導入から10年以上の経験を経て、現在ではイングランドを私たち一人ひとりのクリエイティビティを大事にする場所にし、繁栄させ、質の高い文化的な体験につながる場所にすることを目指して、『Let’s Create』というビジョンを掲げています。資金提供先を評価する指標として、4つの原則(野心、品質のダイナミズム、環境責任、包摂性)を設定し、文化団体の運営やプログラムの中に環境責任を組み込むことを促しています」
重要なのは「環境責任を自分たちの取り組みの中心に位置付けることだ」とコンテさんは語ります。というのも、産業全体で見た場合の文化セクターの二酸化炭素(CO2)排出量はそれほど大きくありませんが、アートが持つ影響力を考えると、文化セクターを担う人々が環境責任の重要性を発信し活動の中で体現していくことは、社会に対して影響を与え、教育し、擁護する役割を果たすことができるからです。
「私たちの役割は、芸術団体、美術館、博物館、図書館、そして実践をしている人たちがその運営と活動全体に環境責任を根付かせるように支援し、力を与えることです。Julie’s Bicycleと協力して、文化の分野にかかわっている人たちが変わっていくために、環境リテラシー、スキル、自信、リーダーシップなどを育んでいます。よりクリエイティブな文化セクターへの期待は高まっており、社会に変化をもたらすうえで、地域において、国において、そして国際的に、アクションのインスピレーションの源になっていくことになるでしょう」
コンテさんによると、「環境責任プログラム」においては、71%の団体が報告したデータから積極的にほかの文化機関と協力して環境問題のソリューションを共有しているという成果が上がっており、組織の枠組みを超えて情報を共有・連携することで、インパクトを拡大していける期待が高まっているそうです。アーツカウンシル・イングランドとしては、ケーススタディの共有や団体を横断する文化セクターでのネットワークを作っていくことで、人と人、取り組みと取り組みとをつなげ、環境課題という大きなテーマに対して共に手を取り合い、良い影響を広げていく仕組みづくりを後押ししています。
「環境責任を果たしていくためには、つながりや連携が重要です。地域の中で人間関係を構築することを通して、一緒に問題に取り組んでいく。さらにローカルなコミュニティでの関係性から始まって、当局や地方自治体も巻き込んでいく。みんなで一緒に協力して、知識を共有して、実際のアクションにつながっていくような実践的な取り組みをやっていきます」
次に登壇したのは東京大学未来ビジョン研究センター 教授の江守正多さん。気候変動の専門家として、現在そしてこれから先の近い未来に訪れる地球環境の変化と社会への影響について、知見をシェアしていただきました。
世界平均気温は1960年あたりから現在に至るまで長期的に上昇を続けており、2024年には産業革命前と比べて一時的に1.5℃を超えたことが話題となりました。日本でも平均気温の上がり幅はここ3年記録的に高温となっているのは、私たちの肌感覚としても実感できるものだと思います。江守さんによると、そうした温暖化の主因は人間活動による温室効果ガス排出であり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価では「疑う余地がない」と結論づけられたそうです。
「人間活動による要因ありの場合と、自然要因だけの場合とを比較すると、人間活動による要因を鑑みたシミュレーションの数値が実態とほぼ一致します。人間活動の要因を排除すると気温が上がっていかないんです。気候変動対策をする場合、しない場合のシミュレーションを比較すると、変動して揺らぎながら、何もしないと2100年には5℃程度世界平均で上がってしまう恐れがある。長期目標では、2℃より十分低く、できれば1.5℃を目指して対応していくことが重要です」
温暖化が進むと生じる主な影響としては、海面上昇(沿岸部の被害大)、大雨や台風の強大化(洪水被害などへの影響大)、熱波による健康被害(熱中症など)、食料・水不足(特に乾燥地域では地面からの蒸発がさらに進むことによる影響大)、生態系の損失(サンゴの白化・死滅など)、感染症リスクの拡大(蚊やダニなど媒介生物の生息域拡大による)、大規模森林火災の発生リスク増加、といったことが挙げられました。
さらに問題なのは、温暖化の影響を最も受けるのが、排出量の少ない国や将来世代であるという「不公平性」であると江守さんは強調します。つまり、要因に関わりのない人に大きなマイナスの影響が発生しやすいというのです。
「実際に、海面が上昇して移住を余儀なくされたり、干魃で水食料がなくなったりといった被害が世界で起き始めています。そうした被害を受けている国や地域は、貧しいことが多く、ほとんど温室効果ガスを出していないにもかかわらず、生活に支障をきたすような影響を受け止めざるを得ない状況になっており、理不尽なことです。また、こうした地理的な不公平性に加えて、時間的な不公平性も環境問題の特性として挙げられます。あとから生まれてきた人のほうが、前の世代が出した温室効果ガスの影響を深刻に受ける。これは世代間にわたる人権侵害ともいえるのです」
現状のCO2排出削減ペースではパリ協定の目標に届いておらず、2030年までの「選択」と「行動」が将来世代の環境に大きく影響するといいます。
「最近は発展途上国においても新設するエネルギー源は太陽光・風力が主流になっています。時間が経つにつれて良くなっていく方向に世界が変わっていくことが理想ではありつつ、2030年〜2040年に生きる我々がどのような選択をするかで、次世代・次々世代の生きる世界へ大きな影響を与えてしまうことをしっかりと認識し、自分たちに責任があることを十分理解しないといけません」
森美術館 館長の片岡真実さんからは、美術館の立場から、文化機関と気候変動の関係が紹介されました。
まず近年の特徴的な現象として、気候アクティビストによる美術館への抗議活動が挙げられました。ゴッホ作品へのトマトスープ投擲などの行為は、美術館という公共空間を政治的議論の場に変えることで、気候問題への関心を高める目的があるといいます。絵画の保護と人々の保護とのどちらを憂慮するのか反応を比較しやすい点、かつ、メディアが報道する話題性を持つことで、現地にいる人以外にもはるかに多くの人にメッセージを伝えることができる点で、抗議活動の場としては効果的である一方で、美術館にとっては大きな問題として議論されているそうです。
また、世界の美術館では持続可能性への取り組みが急速に進んでいるといいます。たとえばイギリスのテート美術館は2019年に気候緊急事態を宣言し、地球環境に対して文化セクターが変化をもたらしていくために固有の役割を果たす必要があるという意思を表明して、化石燃料スポンサーシップの解除と炭素排出量の大幅削減(2008年比で2023年までに50%)を実現しました。
国際的な動きとしては、ICOM(国際博物館会議)が2022年にミュージアムの定義を更新し、「包摂性」「多様性」「持続可能性」をミュージアムの重要な役割として明記しています。
「世界的には2018年、2019年あたりからミュージアムの社会的役割が重視されるようになり、あきらかにミュージアムに期待される役割が広がってきています。ゴッホ美術館、テート、M+といった世界の名だたる美術館が、個別に環境に関するポリシーを表明する時代であり、森美術館も独自のポリシーを公表する予定で検討を進めているところです」
片岡さんによると、世界の主要美術館の館長が参加する国際的な非営利の会議体「BIZOT(ビゾ)・グループ」では、近年特に注力しているテーマのひとつに、美術館活動と環境負荷の関係を挙げていると紹介されました。2014年には「The Bizot Green Protocol(ビゾ・グリーン・プロトコル)」と呼ばれるガイドラインを策定。美術館活動における環境負荷削減の方向性を提示しました。2023年にはその内容が更新され、国際的な美術館界での共通指針として再確認されているそうです。
「BIZOTでは、環境配慮は単なる運営改善にとどまらず、美術館間の国際的な協力関係にも影響する可能性があることが議論されています。環境配慮を十分に行っていない美術館には作品を貸し出さないという考え方を示す館長もおり、この点は、日本の美術館にとっても重要な意味を持ちます。というのも、日本では海外美術館から作品を借りて開催する展覧会が多く、日本の美術館界も国際的な環境基準の議論に対応していく必要があります」
「ビゾ・グリーン・プロトコル」の特徴は、従来の美術館運営の慣行を見直すことで、環境負荷を低減する実践的な指針を提示している点です。特に議論の中心となっているのが、作品保存のための温湿度管理基準の見直しだそう。従来、多くの美術館では作品保護のために非常に厳格な温湿度管理が行われてきました。特に日本では、温度22℃、湿度55%前後といった狭い設定範囲で管理されることが多く、これは国宝級文化財の保存基準が標準化されてきたからだといいます。しかし、この厳密な環境維持のために空調設備のエネルギー消費は非常に高くなり、美術館における環境負荷の大きな要因となっています。
「ビゾ・グリーン・プロトコル」では、科学的研究を踏まえたうえで、より広い許容範囲の環境条件を提案しており、実際にプロトコルを採用した美術館では光熱費やエネルギー消費を削減できたと報告されています。日本の気候に合わせた数値を検証する必要はあるものの、必要以上のエネルギーを使うことにならないように、これまでの慣行を見直していくことは意義のあるアクションだといえるでしょう」
さらに、展覧会運営における環境負荷の主な要因として、作品輸送(特に航空輸送)、展覧会設営資材、空調などの施設エネルギー、アーティストやスタッフの移動、来館者の移動といった項目が挙げられました。
「単館ではできることに限界があるので、文化セクター全体で意識を喚起していく。議論を高め、協力とルール形成を進めていくことが重要です。日本においても、英国のアーツカウンシルのように、公的機関が文化セクターの環境対応について政策的な指針やガイドラインを整備することも一案でしょう。横串を通しながら連携してやっていけると良いと思っています」
第1部最後の登壇者は台湾のコンサルタントであるメリタ・ファンさん。台湾における文化セクターの気候政策と実践について紹介されました。
台湾は2021年に「Net Zero Roadmap Taiwan 2050(2050年ネットゼロに向けたロードマップ)」を表明し、2023年にはこれを法律として制度化しました。さらに2030年までの中期目標として、2005年比で約28%の温室効果ガス削減を掲げています。この目標は政府の12の主要戦略によって支えられており、文化セクターは、その中でも「Green Lifestyle(グリーンなライフスタイル戦略)」の一部として位置づけられているそうです。
「台湾のCO2排出量の内訳を見ると、文化施設を含む住宅・商業部門は全体の約10%を占めていて、この割合自体は比較的小さいですが、文化政策としては社会の価値観や行動を変える役割を担う領域として重視されています。そのため文化部を含む政府機関に対しては2030年までに35%の排出削減を求められており、建築やエネルギー効率などを中心に72の削減プロジェクトが進められています」
台湾文化部は、文化セクターのネットゼロ移行を「調査・研究>エンゲージメント>実証・実験>普及・推進」の4段階のプロセスで進めているそう。
「調査・研究」では、世界各国の文化政策や環境対策を調査し、文化セクターの課題やニーズを把握することを目指し、「エンゲージメント」では、政策目標を文化団体や芸術関係者と共有し、政策理解を広げることを推進。「実証・実験」では、温室効果ガスのインベントリー作成、エネルギー診断などのパイロットプロジェクトの支援が実行されており、「普及・推進」では、実践事例をガイドブックやツールとして整理し、文化芸術分野全体へ展開しているそうです。文化セクターのネットゼロ実践を支援するための分野別のガイドラインは現在までに、劇場向け、博物館向け、映画館向け、映画・テレビ制作向けの4つ発行されており、文化施設が実践可能な省エネルギー対策や炭素排出削減の方法が具体的に示されています。
「台湾の文化部では、2024年には『文化産業ネットゼロ転換補助金制度』が開始され、14件のプロジェクトに約1,100万台湾ドルの助成が行われました。さらに公的資金だけでなく、企業投資を促進する仕組みとして『ESG for Culture Impact Award』というプログラムも設立され、文化セクターへのESG投資を誘導しています」
さらにファンさんからは文化セクターでの実践事例として、台湾の代表的な舞台芸術施設である国家両庁院(NTCH)の取り組みと、持続可能な舞台制作の実例をご紹介いただきました。
NTCHは、台湾で初めて持続可能性を組織運営に体系的に導入した劇場で、欧州の劇場ネットワークによるプロジェクト「STAGES(Sustainable Theatre Alliance for a Green Environmental Shift)」に参加し、13の劇場・研究機関と連携して環境対策を進めているといいます。具体的には、温室効果ガス排出量の測定、年次パフォーマンスの追跡、6つの持続可能性ビジョンの策定、さらに劇場作品の制作にも環境配慮が取り入れられているそうです。
一方で、PUPPET & ITS DOUBLE THEATERという台湾の劇団が制作した台湾初の持続可能な人形劇作品「Sweet Tears」が、国際的な舞台芸術の環境基準である「Theatre Green Book」に示された中間基準に極めて近い水準を実現した事例として紹介されました。舞台素材の59%がリサイクルで、86%が再利用可能な素材を活用するなど、舞台素材の再利用システムを整備し、持続可能な舞台制作のノウハウをガイドブックとして共有しているそうです。
「『Sweet Tears』で実践された舞台素材の再利用システム整備のように、台湾では芸術制作を支えるサプライチェーンにも変化が生まれています。例えば、Ridge Studio Production & Designでは舞台や展示のデザイン段階から環境配慮を組み込み、循環型の舞台設計を推進していますし、Bling Bling Costume Sustainability Spaceという団体は舞台衣装の循環利用を推進し、衣装デザインの持続可能性を高める活動を行っています。こうした取り組みは、文化産業全体での環境配慮の実践を支える基盤となっています」
また、ファンさんは、文化セクターのネットゼロ実現において人材育成が課題のひとつであると指摘。台湾では環境分野の専門「グリーンカラー人材」の需要が急速に高まっているといいます。そのため政府の環境部は、32の大学と連携した48時間の研修プログラムを提供しているそうです。また芸術分野では台北芸術大学(TNUA)が中心となりサステナブルな芸術フォーラムの開催や「Theatre Green Book」に基づく教育、学生作品への環境基準導入などの取り組みが進められています。地域に根ざした活動の一例としては、新北市文化財団では「Move to Zero」という人材育成プログラムを開始し、文化施設の運営者や芸術団体のスタッフを対象とした持続可能な運営研修を実施しており、これまでに560名以上が参加したそうです。
「台湾における文化セクターのネットゼロ推進には進展が見られる一方で、いくつかの課題も残されています。持続可能性への移行は短期間で達成できるものではなく、長期的な取り組みと国際的協力が不可欠です。アジアでは、日本、韓国、香港、シンガポール、台湾の関係者が『Theatre Green Book』などを通じてネットワークを形成し始めており、文化分野の気候アクションは地域的な連携へと広がりつつあります。サステナビリティは短距離走ではなくマラソン。早く進みたければひとりで進めばいい。しかし遠くまで行きたければ共に進まなければならないのです。誰が最初に始めるかではなく、どれだけ長く続けられるかが重要です。私たちはひとりではありません。共に取り組んでいきましょう」
第2部のパネルディスカッションでは、モデレーターにNPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]の堀内奈穂子さんを迎え、第1部の登壇者4名が芸術文化分野が気候危機にどのように向き合うべきか、アクションにおける課題と可能性について議論しました。
最後に、会場からの質問にも答えていただきました。
Qコレクションの管理が環境負荷に与える影響について、館としての対策をどのように考えているか
「気候危機」という地球規模の課題に対して、芸術文化分野が果たし得る役割について多角的な議論が行われた今回のフォーラムでは、登壇者の発表やディスカッションから、気候変動が文化活動の現場にもすでに具体的な影響を及ぼしていることがわかり、文化機関の活動環境や文化そのもののあり方にも長期的な影響が及ぶ可能性が共有されました。文化セクターはCO2排出量の観点では大きな割合を占めないものの、人々の価値観や社会の意識に働きかける力を持つ点で社会的役割・責任が大きく、気候問題を社会的な対話のテーマとして提示し、未来の社会のあり方を想像する契機を生み出すことができる潜在的な力を確実に持っています。
気候危機への対応は世の中のほとんどの分野と同様に、文化セクターにとっても避けては通れない課題ではありますが、同時に芸術や文化が社会の想像力を広げ、新たな価値観や行動を生み出す可能性も示されました。文化施設、文化機関、アーティスト、そして芸術文化に関わるすべての人々が、自らの活動を見直すとともに、国際的なネットワークや知見を共有しながら取り組みを広げていくことで、持続可能な社会に向けた希望と変化のムーブメントを生み出していくことが期待できるでしょう。
撮影:中山裕貴取材・文:前田真美