東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京(以下「アーツカウンシル東京」という。)がオンラインを中心に、専門家等と連携しながら、アーティストや芸術文化の担い手の活動をサポートする東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」をご存知ですか?
フリーランスや小規模団体で活躍しているアーティストが多い芸術文化の分野において、契約や金銭面の問題、またハラスメントについてなど、さまざまな相談を無料で受け付けています。
東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京(以下「アーツカウンシル東京」という。)がオンラインを中心に、専門家等と連携しながら、アーティストや芸術文化の担い手の活動をサポートする東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」をご存知ですか?
フリーランスや小規模団体で活躍しているアーティストが多い芸術文化の分野において、契約や金銭面の問題、またハラスメントについてなど、さまざまな相談を無料で受け付けています。
今回は、2023年10月にスタートしたアートノトを運営するアーツカウンシル東京 活動支援部 相談・サポート課のみなさんに、具体的な取組内容や今後の展望などについてお話し頂きました。
以前から、東京都とアーツカウンシル東京は、助成事業や人材育成事業、アートプロジェクトなどを通じてアーティスト等に向けた様々な支援を行ってきましたが、コロナ禍を契機として「1人で解決するのが難しい」「どこに相談をすれば良いか分からない」というアーティストのみなさんの声がより顕在化しました。そこで2023年10月に東京都とアーツカウンシル東京が共催し開設したのが東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」(以下「アートノト」という。)です。アートノトでは、「相談窓口」「情報提供」「スクール」の3つの機能により、芸術文化を担う人々の持続的な活動のサポートに取り組んでいます。相談窓口では、アーティストや芸術文化の担い手が抱えるさまざまな悩みや困りごとについて、解決へつなげていきます。
「アートノトは、アーティストや芸術活動に携わる人たちの活動に関する悩みや困りごとをサポートしており、10月の開設以来、さまざまなジャンルで活動する方々から、契約や、ハラスメントの問題など、さまざまな相談が寄せられています」
そう話してくれたのは、これまでに舞台制作や障害のある方の芸術活動に携わった経験をもつ、相談・サポート課長の大塚千枝さん。アートノトの「相談窓口」では、こうした相談に対し芸術文化の経験や専門的な知見のある相談員が電話やオンラインを中心に対応。必要に応じて弁護士や税理士といった外部の専門家へつなぐなどしながら、ひとりひとりが抱える問題に対して解決の糸口を一緒に探していきます。
また、「スクール」の機能としては、現在「法務講座」「ビジネススキル講座」「会計・税務講座」「ハラスメント防止講座」「キャパシティビルディング講座」という5つの講座を提供。講座事業係長の今野真理子さんは、「表現活動は自信をもってやってきたけど、そういった活動にまつわる事務的な手続きや書類の作り方などについてこれまで学ぶ機会がなかった、という人など広く多くの方々に学びの機会を提供したい」と話します。
「『法務講座』『ビジネススキル講座』『会計・税務講座』『ハラスメント防止講座』は主に創作活動を支える実務に役立つスキルや知識を学ぶものですが、『キャパシティビルディング講座』は自分と社会との関係性などを考えていく上で思考を深めたり、自分の活動の意義を言語化していく技術を磨いていくプログラムです。実用的な講座から、もう一歩ステップアップし大きな目的をもって自分の活動を進めていくための講座まで、多くの人に活用してもらえるプログラムを提供していきたいと思っています」
「相談窓口」「スクール」そして「情報提供」と3つの機能をもつアートノトですが、その3つが「密接につながっている」ことが大きな特徴だと「情報提供」を担当する総合情報係長の中田理央さんはいいます。
「『相談窓口』、『スクール』は、相談者や受講者の主体的なアクションを待つところがあると思いますが、『情報提供』では、まだご自身が抱える問題に気づいていない方や、情報を得ることが難しい状況にある方に対して、情報をこちらから“届けていく”という役割も意識しています。また『相談窓口』や『スクール』を通じての“こういうことで悩んでいたんだ”という気づきや“もっとこういうことが知りたい”という声を受けて、さらに必要な情報を発信することで還元していく。3つの機能がつながり、循環することでブラッシュアップしていくことが重要だと思っています」
同じく「情報提供」を担当する主任の伊藤啓太さんは、「『相談窓口』『スクール』『情報提供』と困りごとを抱える人たちがアクセスする手段がたくさんあるというのが、アートノトの強みなのではないかと思っています」と話してくれました。
「アートノト」という愛称は、「このドア(=アートの戸)を開けば、芸術文化活動に関するさまざまなお悩みの解決につながったり、新しい情報や知見が得られたりする場でありたい」という思いで名付けられました。また、アーティストや芸術文化の担い手の皆さんが活躍し、世界をより一層魅了する「アートの都」にしていくという意味も込められています。
「東京には全国のアーティストや芸術に携わる仕事をしている方々の約1/3が集まっていると言われています。そういった方々にまずはこういった場があるということを伝えたい。また芸術文化に関わらず他にもさまざまな形でフリーランスのサポートを行っている機関などもありますので、そういった同じ方向を向いている方々と繋がることで多くの方に知って頂くということも目指したいですね。何よりアートノトを利用して頂いた方に“ここがあって本当に良かった”という声をたくさんいただける場所にしていきたいと思っています」(大塚さん)
芸術という世界のなかでもハラスメントをはじめとするさまざまな問題が浮かび上がっている昨今。個人で活動する人々にこのような場がある、と知っていただくことが、よりよい表現活動を継続的に行っていく上で重要になります。
アートノトを運営する相談・サポート課の職員は、さまざまな形で芸術文化と社会とをつなぐ仕事に携わってきた人々。これまでの経験もふまえ、アートノトで実現したいことなどについてそれぞれにお話しを伺いました。
私は大学卒業後、クラシック音楽専門のアーティストマネージメントに携わっていました。コンサートの制作や、営業、取材対応はもちろん、アーティストとともに全国を回ってコンサートの現場を経験し、その後、コンサートホールで広報担当として仕事をしていました。
音楽に限らず芸術文化の分野は個人や小規模な団体で活動することが多く、ひとりひとりの負担が大きかったり、困りごとがあったときに自身で解決することが難しいといった状況が少なからずあるということは自分も働いていたからこそわかります。“芸術文化に関わる相談”というと、“アーティストのための相談窓口”という印象をもたれる方もいるかもしれません。でも、アートノトはその分野でアーティストをサポートする仕事をしている方にも大きく門戸を開いています。
「情報提供」の仕事としては、WEBサイトでの情報発信に加え、公式noteやYouTubeのコンテンツ制作や、今後はより多くの方にリーチしやすいように発信ツールを増やしていく予定です。また、イベントなどへ出向き、アートノトの取組を紹介したり、出張相談を行う企画も開催しています。昨年12月と今年1月に出張イベントを行いましたが、私たちが出向くことで、アートの現場で働く方々が気兼ねなく相談にきてくださったことが印象に残っています。みなさんにとって有益な情報を発信しながら、さらにアクセスしやすい場にするための接点を増やしていければと考えています。
私は芸術文化が地域の活性化にどのような影響を与えるかということに興味があり、直近まで他都市の地域に根付いた公立文化施設で仕事をしていました。
施設が設置されていた地域は、超高齢化・超少子化が加速していて、利用者の大半は高齢者の方でした。当初、特に高齢者の方々から「絵画鑑賞や音楽鑑賞に興味があっても、お金を払ってまでは…」という声をよく聞きました。どうすればそういう方々に鑑賞の機会を提供できるかと試行錯誤するうちに、アプローチを変えながらじっくりと腰を据え、年月をかけて取り組むことで状況や環境が変わっていく実感があり、やりがいや喜びを感じていました。
その後、私自身が家族を介護することになり、介護と両立できる仕事を探していたところ、ご縁があってアートノトで「情報提供」の仕事に携わっています。「情報提供」の大きな柱は公式WEBサイトでの情報発信で、「相談窓口」「スクール」と連携して情報を発信しています。WEBサイトでは、活動資金の調達に関することや、著作権に関わる法律などのコンテンツがよく見られています。
一方で、これまでの経験から、自力ではWEBサイトの情報にたどり着くことができない方も多くいらっしゃると思っています。そういった方まで情報を届けたいし、情報や知識を活用してご自身の活動に役立てていただきたいです。また、芸術文化分野に携わる方のためのサポート体制は各地に広がりつつありますので、アートノトが広く知られることで、全国的にこのような取組があることやその必要性を知っていただきたいです。
私は高校から芸術高校に入り、大学も芸術大学に進学したのですが、途中で自分が創造活動をしていくというよりも創造活動を支える環境を整える必要性に関心が増すようになりました。そこで実技の勉強から、社会と芸術文化の関わりについて勉強したいと思い、イギリスで文化政策を学びました。社会の中で芸術はどのように位置づけられるのか、イギリスや欧州の政治や社会的な背景から芸術文化のあり方を学ぶことができたのですが、そういった大きな視点で学んだことで日本に帰ってからも日本の社会構造を考えた上で芸術や文化の役割を考えるきっかけになったと思います。そのときに「中間支援」という言葉も学び、芸術文化と社会の間を支えていくような仕事についていきたいと思うようになりました。
一方で、大学を出た後、ダンスカンパニーで制作アシスタントを経験したり、国際芸術祭の企画制作などにも携わったのですが、自分の適性はそちらにはないなと思いまして(笑)。中間支援という立場で自分のできることを見つけたいと思い、今に至っています。
私のこれまでの学びはとても偏っていたので(笑)、例えば税金の取扱い方や、活動資金をどうやって調達すればいいだろう?とか、そういったことを勉強する機会は限られていましたし、私自身いまも苦手です。創造活動の現場にいるさまざまな方々も恐らく苦手な方は多いのではないでしょうか。それは助成事業運営の業務も長く担当してきた経験からも感じています。こういった経験を思い出しながら講座に落とし込めることは何だろう?というように考えながら仕事をしています。
「スクール」では、「ビジネススキル講座」というおもしろい講座が進行中です。アートマネージメントについて学ぶ機会はこれまでもあったと思うのですが、今までの枠からちょっと外して、スタートアップ企業支援に取り組んでいる方などを講師としてお招きして、“本当に稼ぐことが必要なの?”や“自分の周りにある資本”ということもトピックとして含めた講座を開催しています。「芸術文化」と「スタートアップ」という接点が見出しにくいふたつですが、実は“新たに創造する”というスタート地点の考え方は非常に近いもの。芸術文化に携わる方々にとって、ビジネススキルについて新しい視点を与えてくれる内容となっているので、ぜひアーカイブ動画を見ていただきたいです。
私は以前、舞台制作の仕事をしていてフリーランスだったこともあるのですが、自分自身もその世界での生きづらさを感じるようなこともありました。その後、障害福祉行政で芸術文化事業に関わり、社会福祉士の勉強をする中で、さまざまな制度や仕組みを知りました。自分を含め、芸術文化分野の人たちが、このような制度や仕組みを知らないことで恩恵を受けられないことがあるのではないか、と思うこともありました。芸術活動でいろいろな人たちを元気づけたり幸せを与えている人たちが、制度や仕組みを活用して、もっともっと社会的にサポートされていいんじゃないかと。
ソーシャルワーク専門職のグローバル定義というのがあってソーシャルワークは、「社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと解放を促進する」とか「社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重を中核とする」とされているのですが、私はそこに生き方として、すごく魅かれるものがあって。そして芸術文化にも通じるものがあるのではないかと。
芸術は市場経済では計り切れない価値を持っていることは誰でもわかっているはず。だからこそ芸術を担う人たちは守られて、大事にされて然るべき存在だと周囲も、そして本人も考えられる社会になればいいですよね。
「アートノト」が、芸術文化にかかわる皆様にとって、活動における悩みごと・困りごとの良き相談相手となり、有益な情報や知識を提供する力強い味方になれたらいいなと思っています。まずはみなさんの信頼を勝ち得られるようひとつひとつ実績を積み重ねていくことが大事。そのためにも、「相談窓口」の相談員さんたちには、個人の問題を一般化せず、「ひとりひとりの問題として対応する」という共通認識を持っていただいています。
個別に抱える困りごとはもちろん、創作活動や発表に関する相談や、活動資金や法人化に関わることまであらゆる疑問にお応えしています。また、相談窓口だけでなく、活動に必要な知識やスキルを身に付けられる講座もアーカイブ配信しています。さまざまな扉が用意されている「アートノト」をぜひノックしていただければうれしいですね。
取材・文:知野美紀子 撮影:星野洋介
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」公式ウェブサイト
https://artnoto.jp/
「アートノト」公式note
https://note.com/artnoto
「アートノト」公式YouTube
https://www.youtube.com/@artnoto_tokyo