【国際会議】は、基調講演・本会議・分科会の全12セッションからなり、「ウェルビーイング」「ダイバーシティ」「インクルーシブ・デザイン」「アクセシビリティ」「つながり・居場所づくり」という5つのテーマについて話し合われます。
開会式直後に行われた「基調講演」では、ロンドン市文化・クリエイティブ産業担当副市長のジャスティーン・サイモンズさん、筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター教授で手話言語学・ろう者学が専門の大杉豊さん、ヘラルボニー代表取締役社長の松田崇弥さんの3名が登壇。
ロンドンの文化・クリエイティブ産業政策の中心的存在であるジャスティーン・サイモンズさんからは、「文化には触媒として人間同士を結びつけながら、変化につなげる力があり、コロナ禍以降の公共空間においても再生の核となりうる」といった力強いメッセージが届けられました。
つづく「プレセッション」では、本カンファレンスのコミッティメンバーでもある稲庭彩和子さん(独立行政法人国立美術館主任研究員)、リン・チエチーさん(国立台湾歴史博物館 公共サービス・教育担当キュレーター)のほか、シンガポールからアリシア・テンさん(ナショナル・ギャラリー・シンガポール コミュニティ&鑑賞担当アシスタント・ディレクター)の3人が登壇。本カンファレンスの前提となる世界的なSDGsの考え方や、アジアの文化施設で広がる社会包摂への取り組みや課題等が紹介されました。
まず、モデレーターを務める稲庭さんからは、「ウェルビーイング」「ソーシャルインクルージョン」と文化施設との関係について説明がありました。
「『ウェルビーイング』とは、身体・精神・社会的に良好な状態を指し、一人ひとりが尊重され、学びの機会が担保されて、生きることに前向きでいられる状態を示します。ただし人間は社会と関わり合いながら生きているため、「ウェルビーイング」な状態は関係性の中でつくられます。そのためには『違い』を超えて誰もが安心して社会に参加できる状態が必要です。そのような状態を『ソーシャルインクルージョン』=社会包摂されている状態といいます。文化施設は、困難な状況にある人々を含むすべての人に開かれた公共スペースとして、歴史的・社会的・文化的・科学的問いを検討・議論したり、人権の尊重やジェンダーの平等を促進したりする役割も求められています。」
その具体例として、国立台湾歴史博物館のリンさんとナショナル・ギャラリー・シンガポールのテンさんから、障害や言語といった障壁のない包括的なアクセシビリティをはじめ、さまざまな実践について報告がありました。なかでもダイバーシティと民主化をテーマとする国立台湾歴史博物館での、高齢者と博物館が総合的につながるプログラムは画期的でした。病院や研究所と提携した健康増進や生涯学習へも展開しているそうです。
稲庭さんは、前職である東京都美術館のアートを介したコミュニケーション・プログラム「とびらプロジェクト」などを紹介。「現代のミュージアムは、鑑賞者との知の交換・共創が重要であるという考え方に変わってきています。市民が主体的に参加し、対話によって見出された新しい意味を社会に還元しようとしているのです」と語ります。
三者に共通していたのは、「ミュージアムは、社会で起きていることを考えたり、安心して議論したりできる場所である」という指針でした。現代のミュージアムが変化しつつあることを確信し、翌日からの本会議のセッションへの期待が高まります。
7月3日(日)からは、本カンファレンスの中心プログラムである国際会議(本会議)が2日間にわたって行われました。
「本会議・セッション1」では、『芸術文化がもたらす、人々のウェルビーイングとは』をテーマに、モデレーターを内田由紀子(京都大学人と社会の未来研究院教授)さんが務め、映画監督・作家の中村佑子さん、シンガポールの「ART:DIS」パフォーミングアーツ・芸術制作責任者のピーター・ソウさんと語り合いました。
内田さんは、「ウェルビーイングとは、自分の生きる道だけではなく、家族や友人、自分の住む街・国が、どのようにすれば良い状態でいられるのかを考えること」だと説明。そして、文化芸術の鑑賞や実践活動が、人生の意義や価値を感じる「ユーダイモニア」とつながりがあるという研究成果について語りました。
「ART:DIS」のソウさんは、障害のある人々がアートを通じてポジティブな生活を送れるよう、アーティストの育成、社会との連携、雇用などをサポートしています。障害のある人々とパフォーマンスの共同制作も行っているというソウさんは、まず舞台の上に理想の世界をつくり、それを見た鑑賞者から現実に少しずつ影響を与えていくこともできると提案しました。
続いて「本会議・セッション2」では、岩渕功一さん(関西学院大学社会学部教授、〈多様性との共生〉研究センター長)をモデレーターに、性的マイノリティや日本に暮らす外国人などをテーマに小説を書き、2021年に第165回芥川賞を受賞した李琴峰さん(日中二言語作家・翻訳者)、在日朝鮮人3世の視点から創作活動を行う李晶玉さん(画家・アーティスト)が登壇。『ダイバーシティとの対話:多様な差異の包含・協働と文化関係の可能性』をテーマに、それぞれの立場から文学やアートなどの創作表現にはどのような力があるのかを、考えていきました。
(※「セッション2」での琴李峰さんの講演とインタビュー記事を本サイト内に掲載しています。)
「本会議・セッション3」では、『インクルーシブ・デザインは、文化をどのようにドライブするか?』をテーマに、今話題の書『デザインと障害が出会うとき』の著者グラハム・プリンさん(ダンディー大学教授)がスコットランドから来日、『コンヴィヴィアル・テクノロジー』の著者である緒方嘉人さん、モデレーターの大杉豊さん(筑波技術大学教授)とともに登壇しました。障害当事者を迎えてプロセスから共創する「インクルーシブ・デザイン」が社会の価値観を転換し、就労やコミュニケーションの向上を実現するなどの活発な動きがあることやデザインから生まれる様々な可能性について語られました。
「本会議・セッション4」では、『つながりを生み出す:私たちの文化的生態系』をテーマに登壇したニサさんとガタリ・スルヤ・クスマさんから海外の実例が報告されました。ふたりが所属する、複数の研究者や機関をつなぐインドネシアのプラットフォーム「Struggles for Sovereignty: Land, Water, Farming, Food(SFS)」では、土地を奪われた先住民の文化、アート、食、農業、環境などを別の土地で継承する活動を行っています。文化人類学的思考で型から抜け出せなかったというニサさんは、アートと出会って解放されたと言います。
「本会議・セッション5」では『テクノロジーとクリエイティビティで切り拓く、社会の課題と人々の価値観』をテーマに、オープンソース義手や陸上競技用車椅子などのインクルーシブ・デザインによる様々なプロダクトを開発している小西哲哉さん、「分身ロボットカフェ」のプロジェクトを推進した鈴木メイザさん(株式会社オリィ研究所 分身ロボットカフェ プロジェクトマネージャー)と分身ロボット「OriHime」が登壇。ロボットを遠隔操作して接客する「パイロット」のさえちゃんとゆいさんもオンラインで参加し、在宅でも仕事が得られ、社会参加の幅が広がった喜びなどを語りました。
最後に、2日間にわたる5つのセッションのまとめとして、コミッティメンバー全員でラウンドテーブルが行われました。モデレーターを伊藤達矢さん(東京藝術大学社会連携センター特任教授)が務め、マウリーン・ゴーさん(ART:DIS エグゼクティブ・ディレクター)がシンガポールからオンラインで参加。話題は次第に、イギリスから始まった「社会的処方」に移っていきました。「社会的処方」とは、生活の質を上げる方策として、文化施設などが個人と社会とのつながりを“処方”することをさします。社会資源である作品や資料を通じて、内省と社会改革の両面から「ウェルビーイング」=良い状態になっていけるよう、だれもが等しく学びにアクセスできる手段を拡充していく必要があります。
「アジアの文化施設のエネルギッシュな実例を聞き、エンパワメントされた」という稲庭さん。「国によって課題やアプローチは異なるが、互いに学び合うことができる」とリンさんが語り、「未来をつくる力は私たちの手の中にある」とゴーさんも賛同します。ケアも文化も芸術も人が生きるために必要なもの。「ウェルビーイング」「社会包摂」を実現するための未来のヴィジョンをシェアして会議は幕を閉じました。