ART NEWS TOKYO2022.05

ゲームをするような感覚で、江戸の暮らしを体験する。江戸東京博物館アプリ「ハイパー江戸博」誕生の裏側に迫る!


 

平成5年の開館から約30年。東京都江戸東京博物館は、大規模改修工事のため、令和4年4月1日から令和7年度中までの予定で長期休館しています。休館期間中も江戸東京の歴史や文化をオンラインで楽しんでいただこうと、4月22日(金)にリリースされたのが、江戸東京博物館とゲーム制作会社が共同で開発した体験型アプリ「ハイパー江戸博」。このアプリを企画・監修した江戸東京博物館の春木晶子学芸員と、開発・制作を手掛けた株式会社ライノスタジオの谷口勝也さんに、本プロジェクトについてうかがいました。

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「江戸博ならでは」に、徹底的にこだわったコンテンツ

江戸東京博物館公式アプリ「ハイパー江戸博」

 

「ハイパー江戸博」は、ゲーム感覚で江戸東京の歴史や知識を学べる、江戸東京博物館公式のスマートフォンアプリです。長期休館中に、江戸博を積極的にPRしていくべく立ち上がったプロジェクトですが、最大の課題は「どうしたら 江戸東京博物館ならではのコンテンツを作れるのか?」ということだったと春木学芸員は言います。

 

春木 「デジタル・コンテンツというと、展示空間を3Dスキャンした360度VRや、施設の資料をウェブサイトで見られるデジタル・アーカイブなどが思い浮かびますが、当館ではすでにそうしたものは提供していますし、他の色々なミュージアムもやっていますよね。ですので、もしバーチャルな空間をつくるなら、江戸博にある精巧な模型などを使って、江戸時代の生活を体験できるようなコンテンツをつくりたいと思い、いくつかの制作会社にお声がけしたのです。その時の企画コンペで驚愕の映像を見せてくれたのが、ライノスタジオさんだったんです。」

 

その「驚愕の映像」とは、江戸東京博物館の常設展示を代表する「両国橋西詰」模型から再現した、堂々たる両国橋のCG映像でした。

 

「両国橋西詰」模型から精緻に再現された両国橋付近の風景

 

谷口 「コンペの時にご提示したのは、両国橋だけでしたけれど、僕がいるライノスタジオは、もともとゲームをつくっていたメンバーが立ち上げた会社なんです。ですから、こういう江戸の空間をゲーム感覚で楽しめるアプリをつくりませんか?と提案させていただきました。」

 

こうして固まったのが、両国橋界隈を歩きながら江戸博の収蔵品を探してコレクションしていくというアイデアです。谷口さんによると、本アプリの新しいところは、「ゲームエンジンを本格利用したことにより、博物館の資料にたどりつくまでに、ユーザーに興味を持ってもらうための遊びがある」ことだと言います。

 

では、その新しいアプリケーションを、具体的に体験してみましょう。

 

江戸の暮らしやにぎわいを体感できる「ハイパー江戸博」とは?

 

アプリを立ち上げると、最初に現れるのは、浮世絵師・歌川広重晩年の代表作『名所江戸百景』の《深川須崎十万坪》を彷彿とさせる、翼を大きく広げた鷲。霊峰・富士や筑波山を遠くに見ながらこの大鷲が、当時世界最大だった百万都市・江戸の、芝居小屋や見世物小屋、水茶屋が建ち並ぶ両国橋西詰、広小路上空へとやってきます。

 

オープニングは大鷲の目線で隅田川を上り、ゲームの舞台となる江戸・両国橋界隈へと向かう

 

いつの間にかこの鷲の目と一体となったユーザーが見下ろすのは、自身のアバターとなる「えどはくん」が両親と住む長屋の一室。すると画面に集めるべき資料(アイテム)のヒントとなるアイコンが浮かび上がり、それに従って部屋の中の布団や竈(へっつい)などに触ると、江戸博の収蔵品が解説とともに画面に現われては、次々とコレクションされていきます。

 

「えどはくん」が暮らす長屋からスタート。ここでは長屋暮らしの必須アイテムを集め、いよいよ町へ

 

こうして長屋エリアで暮らしにまつわるアイテムを集めた「えどはくん」は、いよいよ盛り場へ出かけていきます。にぎやかな西詰では、見世物小屋で象やラクダを見たり、絵草紙屋の主人に頼まれた屋台のメニューのネタ集めなどをしながら各エリアで収蔵品アイテムを取得。途中、葛飾北斎や平賀源内といった歴史上の有名人に遭遇しながら、最終的には隅田川にかかる両国橋を渡って、現在の江戸東京博物館のある両国橋東詰へ。回向院では、大賑わいの相撲興行を見物できます。

 

ゲームのスタートは、旧暦の5月28日から3か月にわたる隅川の川開きの日という設定。屋台が出たり、見世物興行が行われたりと大賑わいの両国界隈で、さまざまな人に出会い、ヒントをもらいながらアイテムを集めていく。

 

盛り場の縮尺から登場人物の仕草まで、臨場感へのこだわり

 

江戸東京博物館「両国橋西詰」模型

 

江戸の町に没入し、小学生からお年寄りまで楽しめるこのアプリは、浮世絵を彷彿とさせるタッチや、様々に変わる視点などが印象的。なかでも、火災を食い止める「火除地」として設けられた西詰広小路の広大さには驚かされることでしょう。芝居小屋や見世物小屋が建ち並ぶこの祝祭的な空間は、決して想像で描いたのではなく、江戸博に展示されている両国橋西詰模型の縮尺で正確に再現されているとのこと。

 

春木 「実は、これらの模型はすべて、江戸時代の浮世絵や版本などの資料から設計図や立面図を起こして作ったもので、これらの資料や図面をもとに、両国橋西詰の風景を作ってもらったんですね。ですから江戸時代後期、日本一の盛り場だった両国橋周辺に、文字通り没入して、当時の町の様子を体感できると思います。」

 

両国橋西詰から橋を渡って大相撲を開催している回向院まで、広範囲を忠実に再現。資料をもとにリアルに再現された空間が構築されているので、VR的な視点で江戸の町に没入することができる。

 

谷口 「ゲームの中のファンタジーな世界なら、空想でつくれるのですが、今回資料や専門家のお話をもとに町並みを再現したことで、庶民が住んでいた裏長屋から、西詰の表通りはこんな風につながっていたんだ!と、点が線で結ばれて行く感じが新鮮でした。映画や時代劇では風景は場面ごとに切り取られてしまいますが、これらはもちろんちゃんと地続きに繋がっていて、こんなふうに広がっているんだ、とわかるととても面白いと思います。」

 

さらに、登場人物の所作などにもリアリティを追求したと谷口さん。

 

日本舞踊家の藤間涼太郎さんに参加いただき、江戸時代の様々な人の所作をモーションキャプチャーで再現。

 

谷口 「着物を着て生活していた江戸時代の人の所作を再現するために、キャラクターのモーションキャプチャ―には日本舞踊家の藤間涼太朗さんに参加していただきました。アプリ内のさまざまなキャラクターは藤間さんがセンサーをつけて演じ分けているんですよ。老若男女、さまざまな人々の仕草が自然なものになっていると思います。」

 

両国を皮切りに、銀座や日本橋へとエリアの拡大も

ゲームのスタート地点となる江戸東京博物館常設展示室の棟割長屋周辺にて

 

まさに江戸東京博物館ならではのこだわりですが、「考証」に縛られすぎないようにも気をつけたそうです。

 

春木 「とにかく“江戸博の資料を見てほしい”という強い思いがあるのですが、そこにこだわりすぎると、ストーリーと資料が連動せず、途端に無理矢理こじつけた不自然なものになってしまうんです。収蔵資料とストーリーがエンターテインメント性を保ちながら有機的に結びついた時こそ、良いコンテンツだと皆様に評価してもらえるのでしょうね。」

 

谷口 「本当にそう思います。僕らゲームの世界の人間は、たとえば「ポケモンGO!」のように、ユーザーが自由に館内を動きまわってアイテムをどんどん集めていくようなコンテンツを作れば、もっと楽しいのでは? なんてつい思ってしまいがちなんです。でもそれでは、江戸博にあるせっかくの資料から、学びや気づきを受け取れなくなってしまう。本プロジェクトの目的は、ユーザーが楽しみながら江戸博の資料に触れて、江戸の歴史や文化に興味をもってもらうということなので、その点を見失わないよう気をつけました。」

 

アプリにしたことで、通勤や通学の合間にも楽しんでいただける手軽さも実現した。

 

春木 「もう本当に試行錯誤の連続でしたが、画期的な博物館アプリをつくることができたと自信を持って言えます。このアプリを使うことで、ユーザーの方が、江戸や東京に関する興味を少しでも持っていただければ嬉しいです。」

 

今回、公開されたのは「江戸の盛り場 両国」編ですが、今後「東京の誕生 銀座」編など、江戸のみならず明治以降の東京の各エリアの様子や人々の生活を、時空を越えて知ることができるコンテンツが、追加されていく予定です。ぜひこの機会に、アプリで遊びながら江戸・東京の歴史や知識を深めてみませんか?

 

 

取材・文/木谷節子
撮影:星野洋介

 

 

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