このウェブサイトではサイトの利便性の向上を目的にクッキーを使用します。ブラウザの設定によりクッキーの機能を変更することもできます。サイトを閲覧いただく際には、クッキーの使用に同意いただく必要があります。

地域の内側から変化を起こす“きっかけ”を共に歩むプロジェクト「東京都・区市町村連携事業」

事業リポート
『織物BAR in FUCHU』参加者の製作の様子

『東京都・区市町村連携事業』は、区市町村が抱える潜在的な課題意識やニーズに対して、文化的な文脈からアプローチを試みるきっかけを創出するプロジェクトとして2023年度にスタートしました。文化事業を地域住民に身近な場所で展開することで、芸術文化に気軽に触れられる機会の創出や、自治体の様々な場面で芸術文化が活用されることを目指し、地域における文化事業の担い手となる区市町村の新たな取り組みを後押ししています。2025年度は、『東京都・府中市芸術文化連携事業』と『東京都・国分寺市芸術文化連携事業』の2つのプロジェクトが進行しています。

『東京都・区市町村連携事業』における“連携”が実際にどのような効果を発揮しているのかを紐解くべく、アーツカウンシル東京の事業担当でありプログラムオフィサーの佐藤李青さん、大川直志さんにお話をうかがいました。

左:佐藤李青さん 右:大川直志さん

地域のやってみたい、やらなければ、の背中を押し、一歩を踏み出すきっかけに

そもそもなぜ東京都が、区市町村と連携して地域の課題解決のために伴走する仕組みを立ち上げたのか。その背景には、区市町村の中で抱えている「文化事業をやりたいと思っていたけれど何から始めて良いのかわからない」「芸術文化の活用が必要だと思っていたけれど、どう取り組むべきか手がかりがない」といった課題に応えようという思いがありました。お金がない、ノウハウがない、きっかけがない、そして前例がない。区市町村の中で、認識はしているものの実際の取り組みに至らない背景には、そうした複数の理由が芋づる式に絡み合っています。

東京都とアーツカウンシル東京は、「東京アートポイント計画」として地域社会の担い手であるNPO等とともに、社会に対して新たな価値観や創造的な活動を生み出すための様々な「アートポイント」をつくる事業に取り組んできました。2009年から現在(2025年4月)までに、62団体と49件のプロジェクトを連携・実施してきた実績があります。これらのプロジェクトを通してアーツカウンシル東京が蓄積してきたノウハウ・ネットワーク・アイディアを提供し、区市町村単独では踏み出せなかった一歩を後押しすることで、地域の中に最初の実績を作り、その先の未来につなげる、というのがこの『東京都・区市町村連携事業』の狙いです。

佐藤李青さん

『織物BAR in FUCHU』にみる、地域に根付く事業の立ち上がりと広がり

たとえば府中市では、『東京都・府中市芸術文化連携事業』として2024年度から2025年度にかけて複数の試行を繰り返しながら事業を発展させる形でプロジェクトが進行しています。高野律雄市長が先頭に立ち、市全体のミッションとして共生社会を目指すことを掲げている府中市。そんな中、文化政策分野でどのようなアプローチをとるべきかを模索し始めたのがスタート地点でした。

「2024年度は、市の担当者と事業の内容を立ち上げていく過程で、まず“共生社会”をテーマに、どのような人々に向けて事業に取り組むといいのだろうか、と議論を始めました。でも、それがなかなか見えてこない。そこで、一緒に議論のテーブルについてもらっていた、東京アートポイント計画で2018年度から共催事業に取り組んできた『アーティスト・コレクティヴ・フチュウ(以下、ACF)』(*)が運営するラジオ番組『Artist Collective Fuchu presents「おとのふね」』を、いろんな方々と出会うプラットフォームとして活用することから事業を始めることになりました。」(佐藤さん)

(*)「誰もが自由に表現ができるまち」を目指して活動する、東京都府中市を中心としたアートに関わる人々やアートファンのネットワーク

大川直志さん

『Artist Collective Fuchu presents「おとのふね」』は、府中に住むアーティストの活動や市内のアート発信など府中のアートシーンを取り上げるラジオ番組として、ゲストと共に盛り上げています。その番組を活用する形で、府中市発信のインタビュー動画「共生社会を聞いて、みる」を制作することに。共生社会にまつわる活動に取り組む方々をゲストに迎え公開収録を行い、放送の様子を記録した映像と共に府中市のYouTubeチャンネルにアップしました。視覚的にも情報を得ることができ、見える人、見えない人、聞こえる人、聞こえない人にも届く発信スタイルが模索されたのです。

「ゲストには高野律雄市長をはじめ、UDフォントのデザイナーである高田裕美さん、府中市在住で、パリ2024パラリンピックブラインドサッカー日本代表監督の中川英治さんなど、多岐にわたる方々を招き、地域や生活の周りに身近にある様々な人と出会うことを目標にしました。この2024年のプロジェクトを踏まえて、2025年度は府中市がデフリンピック会場の一つになること、『手話劇祭』(*)の会場となることが決まっていたことから、府中市とACF、そして東京都とアーツカウンシル東京との話し合いの中で、次はろう者の方々と一緒に何かができないか考えてみよう、という方向で議論が発展していきました」(大川さん)

こうした流れの中で生まれたのが2025年度実施プロジェクト『織物BAR in FUCHU』です。美術家の久村卓さんが各所で取り組む誰でも織物が楽しめるワークショップで、まるでバーカウンターでお酒を楽しむように、カウンターに並んだ多種多様な毛糸や布を好きなように選んで織物をしながら会話を弾ませます。今回は織物という作業を媒介にして、聞こえても聞こえなくても、自然と対話が生まれる環境を構築することも目指しました。

(*)手話の魅力を広め、手話の文化を普及することを目的に、全国手話言語市区長会が主催するイベント。過去には7回、全国各地の区市町村で開催されており、第8回目の令和7年度は府中市を会場として9月28日に開催された。手話狂言や手話歌、手話パフォーマーによるパフォーマンスなどを通して、手話言語から生まれる文化や魅力を多くの人が体験する機会となった。

『織物BAR in FUCHU』の会場前の看板

「開催会場にはACFが運営しているLIGHT UP LOBBY GALLERYを使い、当日の運営もACFが中心的な役割を担う体制です。織物の材料となる糸は、ACFの活動の一環である『ラッコルタ-創造素材ラボ-』(*)から提供を受けることで100パーセント府中産を実現しています。市担当者とACFの連携も密に行われています。さらに、久村さんには今回の企画用に誰でも簡単に設営できる組み上げ式のカウンターを製作していただき、場所が変わっても同じようにプログラムを実施できるようになりました。このように、事業を担う主体が公民ともに地域で連携し合える関係が育っていっていること、そして汎用性の高い事業の仕組みが共有されたこと、それらが今後の事業の広がりに大きく寄与すると感じています」(佐藤さん)

(*)アーティスト・コレクティヴ・フチュウが府中市の市民提案型協働事業をきっかけに立ち上げた活動。地元企業から提供を受けた不要な部材を表現のための創造素材として新たに活かす仕組みをつくっている。

『ラッコルタ -創造素材ラボ-』の紹介コーナー

参加者同士のコミュニケーションが円滑に生み出される場作りの背景には、府中市の担当者、ACFのスタッフ、東京都とアーツカウンシル東京のスタッフが一丸となって、準備〜当日の運営まで『織物BAR』を支えていることが大きく影響しています。『織物BAR』開店前には、早めに集まったスタッフ総出で基本の製作キットを準備するため段ボールの型紙にタコ糸を巻き付ける作業。以前『織物BAR』を開催した際には、予想を遥かに超える盛況ぶりに事前準備した製作キットの数が足りなくなり、急いで増産する事態になったそう。そんな経験を踏まえて今回は十分な数を用意しようと、手慣れた様子でぐるぐると糸巻作業が進みます。また、開場前のカウンターの中では、参加者を迎え入れる前に、久村さんに織り方の手順を念入りに確認する市担当者の姿も。参加者の方に話しかけてもらったときに自信を持ってサポートできるように、という熱い思いが感じられます。トライ&エラーで手探りしながら、関わるスタッフそれぞれが回数を重ねるごとに得た気づきを活かして、よりよい体験と交流の場にしようという前向きな気持ちが、『織物BAR』を育てています。

地域の活動主体を巻き込みながら、その過程で人と出会い縁を結び、さらに発展的な取り組みへと活動の具体度を高めていく。『東京都・区市町村連携事業』が大切にしているのは、事業の結果以上に、そうした事業に至るまでの模索の過程と、事業を通して構築される地域の主体同士の自律的なネットワークだといえるでしょう。

地域の内側から変化が生まれてくるための土を耕し、種を蒔き、水をやる人を育てる

『織物BAR in FUCHU』バーカウンターの様子(右:久村卓さん)

9月のトライアル実施を経て、2025年10月24日・25日の2日間にわたり、『織物BAR in FUCHU』が開催されました。市の広報や口コミ効果も大いにあり、初日は平日かつ雨にもかかわらず開場からまもなくして満席に。

今回の『織物BAR』では、一般の参加者の中からBARの店主に立候補してくれる方々を公募して、当日は久村さんを含む交代制でカウンターに立ち、個性豊かな店主が参加者を迎えました。参加者には基本の製作キットが配布され、店主のいるカウンターに並ぶ多種多様な素材の糸から気に入ったものを選びます。そして参加者自身が近くにいる人に織り方を聞いたり、隣の人が織っている様子を覗きみたりして、見よう見まねで織物の世界に入り込んでいくことになります。そんな参加者同士の交流を店主はそっと見守り、時にはサポートしてくれる距離感で寄り添ってくれます。ひとりでは難しいけれど、誰かと話すとやり方がわかってくる絶妙な仕掛けで、自ずと会話が生まれ、笑顔が生まれ、豊かなコミュニケーションへと発展していくのです。お友達連れの方や赤ちゃんを抱えたファミリー、聞こえる人も聞こえない人も一緒に、隣を覗き合いながら、ときには話しかけ合い微笑みを交わし合いながら、思い思いに作業に勤しんでいました。

『織物BAR in FUCHU』参加者の製作の様子

完成した作品は、額縁の中に入れて撮影したり鑑賞したり。飾られた作品をきっかけにまた新たな会話が生まれていました。選んだ素材について、時代背景やストーリーをスタッフから教えてもらうと、よりいっそう愛着がわき、織物の素材として出会えたことを運命的に感じます。作品としてできあがるのは小さなコースターなのですが、スタッフのひとりがブローチとしてアレンジして身につけている姿がとても素敵だったので、筆者も早速マネをさせてもらいました。

「本当の意味で、それぞれの地域が自分たちの暮らしのあり方を少しずつでも変えていくためには、自分たちでやってみて、気づいて、発見して、また試してみて、考えて、というプロセスを、行政側の担当者とその地域に暮らす人たちが一緒になって経験していくことが必要だと思うんです。みんなが学んで、ちょっとずつ変えていく。そのための視点を埋め込むのが『東京都・区市町村連携事業』の役割なのかなと感じています。事業はあくまでもきっかけにすぎなくて、事業に携わった人たちがたまたま街ですれ違ったときに、「お!」と声を掛け合える関係になったという話を聞くと、事業での経験がしっかり地域にも還元されていると感じられて嬉しくなります」(佐藤さん)

『織物BAR in FUCHU』参加者の製作の様子

『東京都・区市町村連携事業』を通して、まずは地域の中での課題発見、主体の育成、関係構築に取り組みながら「土を耕す」こと。その結果として生まれる最初の事例がその地に撒かれる「種」となります。「種」を単一の事業で終わらせないためには、行政側にも民間側にも、そして地域に暮らす人々の中にも、その種に水をやり育てる人たちの輪が広がっていくことが必要です。人のつながりが育つことで、「種」は地域に根付いた取り組みとして独自に発展し豊かな枝葉を広げる大きな木へと成長するのです。さらに事業をきっかけとして、そこで培ったノウハウや人脈を活かして同じ地域の別の課題にもアプローチしていくことで、有機的な人とノウハウのネットワークが地域の中で森のように広がっていく未来も期待できるでしょう。『東京都・区市町村連携事業』の伴走型支援は、まだ正解がわからない中で共に手を取り共に模索してくれる存在を求めている区市町村にこそ、心強い相棒としてぴったりと寄り添って力になってくれる、地域に根ざしたパートナーシップのありかたです。

撮影・文:前田真美