本特集は「Welcome Youth(ウェルカムユース) -2022 春-」関連企画です。
美術館・博物館が収蔵している作品や資料を、収蔵品(コレクション)といいます。展示されている作品や資料には「〇〇蔵」の表記があり、どこが収蔵しているかがひと目でわかるようになっています。
すべてのコレクションは「多くの人に見てもらいたい」「深く研究したい」「将来に引き継ぎたい」など、様々な理由で収蔵されています。ここでは、東京都庭園美術館、東京都江戸東京博物館、東京都写真美術館、東京都現代美術館の4名の学芸員にコレクションの魅力をインタビュー。さらに、いつでも会える東京都美術館の野外彫刻コレクションもご紹介します。
美術館・博物館の専門性や個性は、コレクションにも表れています。吟味して収集された作品や資料については、専門に携わる人が一番詳しいはず! そこで、コレクションの魅力や楽しみ方について、各施設の担当者にお話をうかがいました。
古い洋館の邸宅がそのまま美術館として使われている東京都庭園美術館は、建物そのものが貴重なコレクションの一部。大のクマ人形マニアでもあるという副館長の牟田行秀さんが、おすすめのスポットや現在開催中の展覧会について教えてくれました。
昭和天皇のご親戚にあたる朝香宮のお住まいとして、およそ90年前に建てられた建造物がそのまま美術館として使われていることが最大の特徴です。本館、正門、茶室などが国の重要文化財に指定されており、建物そのものが芸術作品と言えるのです。また日本庭園や西洋庭園も楽しめることから、名称に“東京都庭園美術館”とつけられました。
90年前にヨーロッパで最先端だったアール・デコ様式を取り入れた建物を美術館に活用することになったため、開館当初は建造と同時代にあたる1920〜30年代の室内装飾や、絵画、彫刻などの芸術作品を中心にコレクションの収集が始まりました。現在は装飾をテーマに幅広いアール・デコや朝香宮邸に関する資料を中心に収集を図っています。
朝香宮家の邸宅だった本館の入り口には19〜20世紀に活躍したフランスのガラス工芸家、ルネ・ラリックが制作したガラスレリーフの扉を見ることができますし、部屋ごとに異なる内装や照明器具など、見所がたくさんあります。
年に一度、この建築に焦点を当てた建物公開展を開催しており、邸宅空間を再現するとともに、毎回異なったテーマ展示を行っています。2022年度は貴重な書籍を多く紹介する予定です。
また、新しく建てられた新館にある撮影スポットも一つご紹介しましょう。本館とつなぐ廊下は片側の壁一面が波板ガラスになっていて、午前中に差し込む光の加減で床にハート型の影ができるんです。また、建物と調和した庭園も美しく、若い方々にもデートスポットして大人気なんですよ。
本館ではルネ・ラリックの正面玄関ガラスレリーフ(1933年)が出迎えてくれる。
「建物公開2022 アール・デコの貴重書」展(4月23日より開催)
「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」展は、シュルレアリスムとモード界との影響関係に注目した企画展。出品作の中にはレディ・ガガが愛用したことで世界的に有名になった舘鼻則孝によるかかとのない靴、「ヒールレスシューズ」や、マルタン・マルジェラがデザインした額縁の《ネックレス》など、斬新な作品が数多く紹介されています。
また、レトロな邸宅を使った本館と、現代的な空間の新館とでガラリと変わる展示の違いにも、ぜひ注目してみてください!
「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」展
「奇想のモード 装うことへの狂気 またはシュルレアリスム」展 展示風景(左・本館、右・新館) 撮影:大倉英揮/黒目写真館)
美術館や博物館のコレクションは作品や資料として価値があるだけでなく、人の思いも私たちに伝えてくれる開け閉め可能なタイムカプセルみたいなものです。
僕が原体験のようにして記憶しているのは、小学生の時、社会科見学で行った交通博物館での出来事。蒸気機関車の前でおばあさんに「私もこの機関車に乗って、動かしていたんですよ」と話しかけられたんです。戦争中、男性がみな戦地に行ってしまったから、女性が機関士として働いたのだと説明してくれました。連結器を実際に操作して見せてくれたのですが、すると、目の前の機関車がすごく生き生きとして見えたんです。機関車が歴史的に果たした役割や、人々の生活までも思い起こしてくれるような貴重な体験でした。
高床式倉庫のような斬新な建物が目を引く東京都江戸東京博物館は、およそ400年にわたる江戸東京の歴史と文化を紹介する施設。事業企画課長の飯塚晴美さんが、人々の暮らしや文化に焦点をあてた収蔵品と展示の魅力について語ってくれました。
東京都江戸東京博物館(通称:江戸博)は、1590年の徳川家康の江戸入府から400年にわたる江戸東京の歴史と文化を紹介する博物館です。約9000平米の広大な常設展示スペースでは、江戸、明治、大正、そして昭和から現代へと変遷してきた都市の暮らしや文化を、当時を再現した模型や、実際に使われていた資料とともに紹介しています。
たとえば、実寸大で再現された江戸時代の日本橋、明治時代の洋館などは人気の撮影スポットですし、歌舞伎の劇場・中村座の実寸大模型や、江戸のにぎわいを再現した模型、大名の駕籠や人力車のような体験模型など、歴史をリアルに体験できるさまざまな工夫が随所にこらされています。外国からの来場者も多い人気の展示となっているので、ぜひチェックしてみてください!
芝居小屋・中村座
体験模型「大名の駕籠(かご)」と、徳川家の女性が使用した「梨子地葵紋散松菱梅花唐草文様蒔絵女乗物」(奥)・「黒塗梅唐草丸に三階菱紋散蒔絵女乗物」(手前)。両方を比べてみることができる。
江戸博は江戸東京の都市の歴史を中心に紹介していますが、庶民の暮らしにも重点を置いていることが大きな特徴です。収蔵品に関しても非常に幅広いジャンルの資料を収集してきました。 浮世絵や屏風などの絵画資料、漆器などの工芸品、写真や動画などの映像資料、そして昔の暮らしの中で実際に使われた衣服や家具、電化製品といった生活民俗資料、また貴重な図書資料などの多彩なジャンルを網羅し、現在では約63万点を収蔵しています。
私が江戸博に入ったばかりのころ、とあるご年配の女性から一枚の表彰状が寄贈されました。第二次世界大戦中、勤労動員で働いていた風船爆弾の工場で、熱心に作業したことから優秀な生徒として表彰されたそうです。その賞状が水色のごわごわした硬い紙質だったので、その理由を尋ねてみると、風船爆弾の材料と同じ紙が使われたからだと教えてくれました。
歴史的な出来事も、現代を生きる私たちとつながっているのだと実感して、忘れられない思い出になりました。
風船爆弾と空襲で折れ曲がった鉄骨
昔の日用品や過去を物語る資料に触れると、教科書で学んだ歴史も現実にあったことなのだとリアルに感じられますし、今を生きている私たちの社会や文化が、人々の営みの積み重ねによってかたちづくられているのだと理解できます。ですから、収蔵されている作品や資料が未来においても同じように重要な役割を果たせるよう、次世代へのバトンとして守り引き継いでいくことが博物館・美術館の大切な仕事の一つと言えるのです。
しかし、資料は繊細なものが多く、また修復が必要な場合もあります。江戸博では、膨大な収蔵品を最善の状態に保てるよう、定期的に展示替えを行ったり、適切な環境のもとでの維持管理に努めています。
様々な重要文化財も収蔵している。重要文化財「蔓梅擬目白蒔絵軸盆(つるうめもどきめしろまきえじくぼん)(原羊遊斎作 酒井抱一下絵)」。
大規模改修工事を行うため、両国にある東京都江戸東京博物館は4月からおよそ3年間、休館となる予定です。しかし、その間も小金井市にある分館の江戸東京たてもの園は開園しています! 江戸時代から昭和中期までの歴史的建造物30棟を広大な敷地に移築した野外博物館で、その中には「武居三省堂」(文具店)や下町中通りなど、映画「千と千尋の神隠し」制作にあたってアイディアを得たといわれる建物もあります。
また、2022年度は海外での収蔵品の展示も計画しています。最近では外国で日本文化に詳しい方がますます増えているので、企画もよりこだわったテーマや切り口の内容となりそうです。休館中も江戸博は活動していますので、ぜひご注目ください。
三省堂内観(江戸東京たてもの園・小金井市)
東京都江戸東京博物館は大規模改修工事のため、令和4年4月1日から約3年間(予定)にわたり全館休館をいたします。これにあわせて各種イベントを開催します。全館休館前の江戸博に、ぜひ足をお運びください。
5階と6階が吹き抜けになった、約9,000㎡の大きな展示室は、「江戸ゾーン」「東京ゾーン」の2つのゾーンと、「第2企画展示室」で構成されています。「江戸ゾーン」「東京ゾーン」は定期的に展示替えを行っています。
5階では企画展「徳川一門 ―将軍家をささえたひとびと―」展開催中(2022年3月31日まで)
企画展「徳川一門 ―将軍家をささえたひとびと―」展示風景
大規模改修工事のため、まもなく約3年間の全館休館に入る江戸博。常設展示が楽しめるのも2022年3月31日までと、あとわずかです。休館を惜しんで「またね! 江戸博」イベントを開催。連日、楽しい企画を開催します。
3月21日(月・祝)はギボちゃんが常設展示室でお出迎え!
恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館は、写真と映像を総合的に扱う日本で唯一の美術館です。これまで数多くの展覧会を企画してきた事業企画課長の関次和子さんに、コレクション展示の見どころや、美術館ならではの鑑賞体験についてうかがいました。
東京都写真美術館は、写真と映像を総合的に扱う日本で唯一の美術館です。
年間を通じ、収蔵する作品を多彩な切り口で紹介するコレクション展、重要作家やテーマを取り上げる企画展など、多くの展覧会を開催しています。より美術館に親しんでいただけるようにと、英語名のTokyo Photographic Art Museumから頭文字の一部をとった「トップミュージアム(TOP MUSEUM)」をオフィシャルの愛称としています。
東京都写真美術館では写真と映像の通史がわかるように、作品や文献、機材などの資料を幅広く体系的に収蔵しており、その数は約3万6千点(令和3年度末時点)にのぼります。写真の誕生とされる1839年は今からおよそ180年前、また映像史をふりかえればさらにさかのぼることができます。収集されたコレクションの多くは光や温度・湿度などの刺激に弱く、慎重な扱いが求められるため、専門の知識をもつ保存科学研究員が維持管理や修復などの仕事を担っているのです。
「TOPコレクション」は、東京都写真美術館が収蔵する、世界に類のない写真と映像のコレクションを紹介する展覧会シリーズです。現在開催中の「TOPコレクション 光のメディア」展(~6/5)では、「光で描く」という意味を語源にもつ写真の本質に注目した創造性あふれるアーティストを紹介します。また、アルフレッド・スティーグリッツやマイナー・ホワイトなど歴史的に重要な活躍をみせた作家たちの貴重な作品も数多く出品されているので、みなさんにはこの機会にぜひオリジナル・プリントの魅力に触れて、楽しんでいただきたいです。
マイナー・ホワイト 《窓枠の白昼夢、ロチェスター、ニューヨーク州》 1958年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
バーバラ・モーガン 《ピュアなエネルギーと神経過敏な人》 1941年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
「TOPコレクション 光のメディア」展 展示風景
スマホの待受画面には、多くの人がお気に入りの画像を入れていると思います。少し前にはインスタント写真をお友達と交換することが流行っていましたよね。大切にしているイメージを持ち歩きたい、人に伝えたいという気持ちは昔の人々も一緒で、19世紀には名刺判と呼ばれる手のひらに収まるくらいのサイズの写真が世界で大流行しました。日本でいち早く写真文化が花開いた函館(当時の箱館)の地に焦点を当てる「写真発祥地の原風景 幕末明治のはこだて」展(~5/8)には、当館のコレクションから当時の名刺版写真をはじめ、貴重な初期写真が数多く出品されています。
「写真発祥地の原風景 幕末明治のはこだて」展 展示風景
以前、とてもポップな色合いの風景写真を展覧会のポスターや展覧会入口の看板に使用したところ、“カワイイ”と評判になり、たとえ作家を知らない世代でも、その作品を目当てに来場する若い女性がとても多かったことに驚いたことがありました。
東京都写真美術館は写真の発生から現代の作家まで、また、幅広いジャンルの映像作品まで、多彩な作品を収蔵しています。それらすべてを展覧会として皆さんにお見せするのはむずかしいですが、オンラインなども活用して、コレクションを楽しんでいただける機会を作っていきたいと思っています。若い世代の方々は自由な感性で写真や映像の作品を見られるので、それぞれの見方、楽しみ方を見つけてほしいですね。そして何より、美術館では作品がより良く見える空間を吟味して展示しているので、各展覧会ならではの新しい体験をしていただけるのではないかと思います。
現代美術を扱う施設として国内有数の規模を誇る東京都現代美術館。実は学生時代、古い日本美術を学んでいたという事業企画課長の加藤弘子さんに、だからこそ実感してきたコレクションを守り・育てる大切さや、美術館の楽しみ方について語っていただきました。
東京都現代美術館(MOT)は、戦後の現代美術を全般的に扱う美術館として設立されました。国内最大規模の施設には3つの会場からなる企画展示室と、独立したコレクション展示室、あわせて4つの展示室が設けられており、それぞれの会場で年間に3~4つの展覧会を開催しています。
現代美術と聞くと難しい印象を受ける人もいるかもしれませんが、現代のあらゆる創作物を対象にしていると言ってしまったほうがわかりやすいかもしれません。企画展を例にあげれば、本年度は絵画・グラフィックの大家である横尾忠則展を夏に開催したほか、このあと、映画「ゴジラ」などにも関わった特撮美術監督の井上泰幸や、日本の建築家・吉阪隆正、デザインと建築を横断して活躍したフランスのジャン・プルーヴェの個展などを開催する予定です。
MOTのコレクションは、20世紀半ば以降の戦後美術を中心に収集されてきました。収蔵作品は、絵画や彫刻、映像、版画やインスタレーションなどさまざま領域にまたがって構成されています。また、歴史的に重要な作品だけでなく、現在の社会や美術の状況を示す若手作家も収集対象となっているため、コレクションは私たちが生きる“今”を反映しながら成長していると言っても良いかもしれません。収蔵作品数は、東京府美術館(現在の東京都美術館)から引き継がれた3,000点の美術作品を含め、現在ではおよそ5,500点にのぼります。
1年間を4期に分けて開催する「MOTコレクション」展では、会期ごとに異なるテーマを設定して、当館のコレクションから毎回100~200点の作品を紹介しています(次回は、3/19~6/19の会期を予定)。
会場には学芸員による専門的な解説が掲示され、手元で読めるハンドアウトも配られています。また、ボランティアのガイドスタッフが行っていたギャラリートークに関しては、コロナ禍にあっても作品を楽しんでもらいたい!という思いから、現在は各スタッフが自身の言葉で書いたテキストを“つぶやきトーク”と名付けて、似顔絵入りで掲示しています。
アンソニー・カロ《シー・チェンジ》1970年(展示風景) そばにはガイドスタッフによる「つぶやきトーク」も。
美術館の収蔵作品は、調査や研究の対象でもあります。学芸員が作家や作品、美術の歴史などについて執筆した論文は、紀要と呼ばれる出版物などのかたちで公表されますが、実は研究の成果をご覧いただく一番大切な機会が、展覧会なのです。新しい発見や深い理解があるからこそ、展示を企画し、構成することが可能となるからです。
紛争がおこると文化財が破壊・略奪されることは、歴史が証明しています。美術館や博物館の充実は平和だからこそ可能なことなんですね。
膨大なコレクションを適した環境のなかで守り、管理することは、次世代に引き継ぐためでもあります。ですから、若い世代の方々には、どんな作品が収蔵されているのかをぜひご自身の目で見ておいていただきたいのです。そして、美術館や博物館をめいっぱい活用して、新しい発見をする楽しさを体験していただけたらとても嬉しいです。
MOTには、建物の外側にも彫刻などの大きな作品が随所に設置されており、館内にも写真に“映える”スポットがたくさんあるので、ぜひ気楽に施設内を探検してみてください。
Photo: Kenta Hasegawa
東京都美術館に、いつでも鑑賞できるコレクションがあるのをご存じですか。
美術館の正門を入ると目にとまる、穴の開いた大きな銀色の球体。井上武吉の作品《my sky hole 85-2 光と影》です。鏡のように磨かれた球形の作品の前に立つと、そこに映し出された自分の姿や周りの景色、そして頭上に広がる果てしない空まで、全ての空間が作品の中に取り込まれてしまったような感覚をおぼえるかもしれません。
井上武吉《my sky hole 85-2 光と影》1985年 学芸員の解説動画
美術館の敷地内には、1975年度から1985年度にかけて収集された11点のほか、1999年度に東京都現代美術館より再移管された1点を含む、全部で12件の彫刻等の立体作品を常時展示しています。
野外で、館内で、いつでも会えるコレクション。ぜひ気軽に出かけてみましょう。
国内外を代表する重要な作品・資料が収集されている東京都コレクション。
これからも学芸員が趣向を凝らした展覧会等を通じて、皆様にご紹介していきます。
ぜひ都立美術館・博物館に気軽に足を運んでお楽しみください。
美術館・博物館を知りたい Welcome Youth -2022 春-