ふたつの展覧会のうち、コレクション展「源氏物語と江戸文化」では、『源氏物語』が国内外に知れ渡るようになった歴史をたどることができます。展示されている資料や作品は2025年度(予定)まで休館中の東京都江戸東京博物館が所蔵するものが中心となっています。
11世紀に書かれた『源氏物語』は、江戸時代においても王朝文化の象徴的な作品と考えられていました。徳川御三卿や幕臣らが詠んだ和歌をもとに描かれた狩野惟信と栄信の《十二ヶ月月次風俗図 》では、四季を表した風景画のなかにさまざまな『源氏物語』のモチーフが使われています。
そして、江戸時代における最も大きな変化は、活字や木版などの印刷技術が飛躍的に進化したことによって、それまで公家や武家など一部の上層階級を中心に楽しまれてきた『源氏物語』が大衆化していったことです。読みやすく工夫された書物や挿絵などにより、一般庶民からも幅広い人気を得ることになりました。
この江戸の印刷文化が生み出した興味深い作品が、19世紀前半に発行された『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』です。『源氏物語』の大筋をもとにしながら、人物や時代設定を平安時代の朝廷から室町時代の幕府に置き換え、主人公の足利光氏による勧善懲悪の物語となるなど、江戸の人々に受け入れられるように工夫されています。歌川国貞(初代)による木版画の挿絵に出てくる人物の和服や髪型は、まるで江戸時代の流行に見え、当時大衆の人気を得た言わば「リメイク」の作品です。
たちまちベストセラーになった『偐紫田舎源氏』ですが、天保改革の出版統制に触れて発売禁止に。しかしその後も人気は衰えず、田舎源氏をモチーフにした錦絵(源氏絵)が多くの絵師たちによって描かれるようになります。
やがて、物語の一場面を意匠化した文様が、歌舞伎の衣裳や武家や町の女性のファッションを彩るようになり、「源氏香」や「御所車」に代表される源氏物語の文様やデザインを用いた着物や工芸品も多く制作されるようになりました。