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「Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」 4日間にわたる濃密なワークショップの模様をレポート!【後編】

2022年2月に行われた「Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」短期集中ワークショップの様子 ★

(公財)東京都歴史文化財団が取り組む「クリエイティブ・ウェル・プロジェクト」(2022年度からクリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョーに改称)と、聴覚・視覚に障害のある人を対象とした国内唯一の国立大学、筑波技術大学が協働し、20222月に実施したプログラムCultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」の《短期集中ワークショップ》。  

文化芸術の新たな楽しみ方を共創するグループワークから、【前編】の「字幕」と「ゲーム」チームに続き、【後編】では、「テクタイル(触覚技術)」と「音楽(楽器インタフェース)」の残り2チームについてレポートします。

 

触感で物語を紡いだ「テクタイル(触覚技術)」チーム
「テクタイル」チームの講師で東京大学大学院情報学環准教授の筧康明さん ★

「テクタイル(触覚技術)」チームの講師は、インタラクティブメディア研究者でありアーティストでもある東京大学大学院情報学環准教授の筧康明さん。早くから触覚表現「テクタイル」を研究し、触感をリアルタイムに伝送する装置「テクタイル・ツールキット」を開発しています。

「テクタイル」チームのファシリテーターは、筧研究室の伊達亘さん(左から2人目)。盲ろうの森敦史さん(右から2人目)も参加し、触覚について活発な議論がなされた ★

グループワークは、そんな筧研究室のメンバーでグラフィックデザイナーでもある伊達亘さんがファシリテーターとなって進みました。
まず、テクタイル・ツールキットを使い、世界を触感で認識するとはどういうことかを参加者は体験します。マイクから音を拾い、振動を拾って伝送するテクタイルツールを体験したり、湯で柔らかくなる粘土「おゆまる」を持って野外を散策し、壁の模様や鍵穴、自身が面白いと思った触り心地などを型取り、全員で共有したりしました。

紙コップのなかの振動を、対となっている空の紙コップでも感じることができる触察ツールを体験 ★
お湯で柔らかくなる粘土「おゆまる」を使って、様々な感触を収集 ★

次に、「触感をつくり、伝える」をテーマに、物として存在しないイメージや触感を形として表現し、体験に誘うようなアイデアを考えていきました。正しく伝えることだけでなく、想像を引き起こすために「物語(ナラティブ)」も同時に考えることにしました。

発表では、「触感で紡ぐ物語/物語性のある触感」をテーマとして、参加者それぞれが、独特な触感をもつ素材を用いて表現した自らの物語を紹介しました。

「テクタイル」チームの成果発表では、メンバーそれぞれが、触感で物語や体験を誘発する新たなツールが提案された

例えば、子どもがピーマンを食べなくて困っていることから、口に入れるまでに楽しくなるような触感を伝える「食べたくなるフォーク」。エレベーターの開閉ボタンを「もちもち」「トゲトゲ」と触感を分けるというアイデア。トランプの「ブラックジャック」もできる紙コップとビーズを用いた伝送ゲームや、スポンジとシャーレとマイクを用いて振動で愛を伝えるツールなど、楽しい発明が飛び出します。

演者のセリフや動きを触感で読む装置を考案した、大学生の大堀亜紀子さん

美術大学でデザインを学びながら野外演劇を行っている大堀亜紀子さんは、演劇鑑賞でセリフと触感を同時に伝える装置を考えました。冷たい触感で怖さを感じるなど、感情や空気感を触覚的に伝える演出のアイデアです。これは、盲ろうの森敦史さんが、点字と触手話を両手で行っている姿を見て思いついたそうです。

森敦史さんは紙のカップを使って自分の体験を振動で伝える装置について発表

そんな森さんは、カップを使い、振動を伝送する音楽装置をつくりました。擦ることで4つの抑揚のある「嵐」を、体験者の手の平に伝えます。  


講師である筧さんは、それぞれのメンバーが開発したツールや装置を実際に体験し、どう感じるのか、どんな体験であるのかを言葉にして、会場にいる参加者やオンラインの視聴者に伝えました。筧さんは、「伝え方それ自体がメッセージにもなります。他の人がつくったものを感じることによって対話や共感が広がれば嬉しい」という言葉で締め括りました。

言葉を超える感覚を表現した「音楽(楽器インタフェース)」チーム
講師の金箱淳一さん(左)と、ファシリテーターを務めた楽器デザイナーでフェリス女学院大学准教授の中西宣人さん(右)

「音楽(楽器インタフェース)」チームの講師は、楽器インタフェース研究者で神戸芸術工科大学助教の金箱淳一さん。障害を身体や感覚の特性と捉え、共に音楽を楽しむ「共遊楽器」を開発しています。「センサーと音源を組み合わせれば、いかようにでも音はつくれる」と金箱さんは語ります。

「音楽(楽器インタフェース)」チームの参加者は、音を振動に変えるデバイス「Touch the Sound Picnic」で、周囲の音を振動で感じることを体験 ★

参加者は、まず金箱さんの作品、音を振動に変換するデバイス「Touch the Sound Picnic」を持って館外へ出かけ、電車や風の音を振動で体感します。イヤーマフを付けて音が遮断されることにより、目や鼻、あるいは肌といった身体全体で音を感じていたことに気づかされます。

各自が日常生活の中で感じている音を書き出してみる ★

その後会場に戻り、メンバーそれぞれが、日常生活の中で音をどう捉えているか、どんな音を感じているかなどを話し合います。時計や掃除機といった生活音など、付箋に音のイメージを書いて貼っていきました。 話し合いのなかで、メンバーのひとりが「自分の心の中にある弱音に音を感じた」といったことをきっかけに、「音も形もないのに、自分の中にイメージがあることが不思議だ」といった話題に広がりました。

 

その結果、「弱音の音」をテーマとして、「触れないし聞けないものをどうやって知覚するか、それをどうやって人に伝えるか」を考えることになりました。

「弱音」をイメージする音は、人それぞれが違うことが話し合われた

メンバーは他のグループの参加者にも「弱音」について尋ねて回ります。すると、一人ひとりの弱音のイメージが違うのはもちろん、他者に伝える方法も異なることがわかりました。西岡さんは「最新のトイレで水を流す音のイメージがある」と語り、映像を見せながら探っていくと、新幹線のトイレで水を流す音だと判明しました。また、森さんは、アルミをくしゃっとする触感のイメージを持っていました。他にも、「面倒くさい」と言葉に出してしまうという答えもありました。

 

出てきた答えをもとに、メンバーはそのイメージを「音」として形にする、そして、伝える方法を検討し、金箱さんと音をつくっていきます。

「音楽(楽器インタフェース)」チームの成果発表では、それぞれがイメージする「弱音」を、写真や寸劇などで表現した

発表では、グループワークのなかでつくった、相手の弱音を振動で感じる装置を実際に演奏したり、「弱音」をめぐるやりとりを寸劇として再現したりしました。「あなたの弱音って、つくってみたけどこんな感じ?」「いや、違うな、もうちょっとこんな感じかな」と他者の内なる感覚を体験し、複数の人と共有するのです。

メンバーの発表をふまえ、金箱さんは「調香師やピアノの調律師のように、今後は、調感士とでもいうべき、感覚調整する職能も必要になってくるのではないか」と言います。中西さんも「音をデザインする仕事にフィードバックできそうでイメージが膨らむ」とインスピレーションを得たようです。

終了後に感想を語ってくれた「音楽」チームの参加者、浅野絵菜さん

メンバーのひとりで、弱視である浅野絵菜さんは、障害者の視点を通じて一般の消費者にも使いやすいデザインを企業に提案している普段の仕事と照ら合わせて、「情報保障に囚われすぎず、個々の違いに寄り添って取り組めたのがよかった」と語ってくれました。ワークショップの冒頭、「スペキュラティブ・デザイン」を体験したことで、「常識に囚われず、SF的な考え方でもいいんだ」という大きな発見もあったそうです。

小さなトライを積み重ねていくことの大切さ

短期集中ワークショップは、参加者にとって、それまで抱えていた前提をいったん脇に置いて、他者の異なる世界を受け取らざるを得ない状況から始まったかもしれません。しかし、視覚や聴覚に障害がある人々の文化や習慣にはどんな違いがあるのか、それぞれにチューニングを合わせるように対話し、今まで思いつかなかったようなアイデアづくりを実践していく場となったようです。

本プログラムの協働企画者で筑波技術大学教授の大杉豊さん(一番右) ★

講評の中で、筧さんから「『変換』が大きなワードになっていた」と指摘がありました。お互いに新しい感覚が拡張され、身体に新しいチャンネルができるようなことも起きました。そこには、見ることができないものを「表現」に置き換えるチャレンジもありました。    

今回のプログラムの協働企画者で筑波技術大学教授の大杉さんは、総評の中で大切な言葉を残しています。「文化施設というのはやはり人がつくるものだと思います。想像して、活動し、動いていく。その積み重ねで船のようなものをつくってほしい。鉄ではなくて、木でつくった船です。11つは軽いけれども、それを積み重ねることによって丈夫な船ができる。インクルーシブ・デザインにはそんな考え方がいいのではないでしょうか」。

さらに、森さんが言葉を繋ぎます。「私はこれまで触感、触覚などを中心に過ごしてきましたが、嗅覚、味わいなど他の方法も考えていきたいと思いました。カメラで撮った写真から匂いを取り込んだり、海に行けなくても映像から海の匂いを感じたりといった体験ができるといいなと思います。今回は、音を振動で楽しむ方法を体験できて、さまざまなデザインの可能性があるということを感じました」。

今回のワークショップでは、手話通訳に加え、「UDトーク」や、筆談など、様々な方法でコミュニケーションがとられた ★

参加者の中から、「インクルーシブについて語りあう仲間を見つけて嬉しい」「今後も障害のある方と一緒に何かをつくりたい、これまでにないものができるんじゃないか」といった声も挙がっています。今後の研究や仕事、日常生活の中でも考えていけるヒントがあり、対面でのコミュニケーションの重要性も改めて感じられる時間にもなったようです。

取材・文:白坂由里
撮影(★のみ):佐藤基

■本プロジェクト全体の報告書はこちらでご覧になれます。https://creativewell.rekibun.or.jp/research/0422/

★クリエイティブ・ビーイング・トーキョーでは、下記のイベントを開催します。
 本ワークショップから続く、短期集中キャンプ「共鳴する身体」も実施します。【参加者募集中(5/27〆切)】

芸術文化による共生社会の実現を目指す国際カンファレンス
「だれもが文化でつながる国際会議:Creative Well-being Tokyo 2022」開催!
会期:2022年6月28日(火)~7月7日(木)

会場:東京国立博物館、東京都美術館、上野恩賜公園竹の台広場、LIFULL Fab
入場無料 ※国際会議のみ事前予約制(6月1日よりWebサイトにて予約開始)
詳細はこちら⇒https://creativewell.rekibun.or.jp/conference/