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「Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」 4日間にわたる濃密なワークショップの模様をレポート!【前編】

2022年2月に行われた「Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」短期集中ワークショップの様子 ★

Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」は、2021年より(公財)東京都歴史文化財団が取り組む「クリエイティブ・ウェル・プロジェクト」(2022年度より「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」へ改称)と、聴覚・視覚に障害のある人を対象とした国内唯一の国立大学・筑波技術大学が協働で行ったプログラムです。

芸術文化における「情報アクセシビリティ(情報保障)」をテーマに、障害当事者を巻き込むデザイン手法「インクルーシブ・デザイン」を取り入れて行われた「オープン・レクチャー」《全3回》「短期集中ワークショップ」《4日間》202111月~20222月の約4か月にわたり実施されました。
ここでは、さまざまな背景をもつ参加者が集まり、芸術文化の新しい楽しみ方を共創した「短期集中ワークショップ」の様子をレポートします。

※「オープン・レクチャー」《全3回》の内容は、「Cultural Future Camp:インクルーシブ・デザインで新しい文化体験を共創する」報告書に抄録として掲載されています。 https://creativewell.rekibun.or.jp/research/0422/  

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文化芸術の新たな楽しみ方を共創する短期集中ワークショップ

短期集中キャンプは、2022217日から20日の4日間にわたり、江戸東京博物館の会議室で実施され、最終日にはオンラインで公開する形で成果発表が行われました。参加者は、視覚や聴覚に障害を持つ当事者を含む、学生、文化施設の関係者、アーティスト、デザイナー、俳優、ミュージシャン、研究者など実に多様なひとたちです。文化施設関係者、アーティスト、研究者といった多彩な講師とファシリテーターと一緒に、4つのテーマに分かれ、ワークショップやグループワークに取り組みました。

様々な背景を持つ個性豊かな参加者による自己紹介からスタート ★

今回のプログラムで鍵となったのは、2つのコンセプトです。
1つは、「インクルーシブ・デザイン」。障害の違いが多様にある中で、障害者の目線で何が望まれているのかを考えていくために、デザインのプロセスに障害当事者(リードユーザー)を巻き込んで一緒につくり上げていく考え方です。
もう1つが、新たな発想を広げる思考法「スぺキュラティブ・デザイン」。固定概念を壊し、「未来にありえるかもしれない」という発想をもってアイデアを考える方法について、参加者はレクチャーで知るとともに、グループワークでその思考法にトライしました。

1日目には、アーティストの長谷川愛さんによる「思考法としてのスペキュラティヴ・デザイン」をテーマにしたオンラインでのレクチャーなどを実施 ★
2日目には、長谷川愛さんが考案した「20XX年の革命家カード」を使って、社会変革に挑む思考をトレーニングするグループワークなどを実施。コミュニケーション支援ツール「UDトーク」などを使用して、障害のある人を交えたフラットな議論が行われた  ★

4つのチームに分かれ、アイデアを共創するグループワーク、そして成果発表へ

3・4日目のワークショップ後半戦では、4つのテーマに基づくレクチャーとグループワークが行われました。4つのテーマは、「字幕」「テクタイル(触覚技術)」「ゲーム」「音楽(楽器インターフェイス)」です。

 

はじめに、それぞれのテーマを代表するアーティストや研究者が講師となり、それぞれの活動やアイデアについてレクチャーがありました。その後4チームに分かれます。各チームには必ずひとり障害のある参加者がいて、講師、そしてファシリテーターに導かれながら、それぞれのアイデアを共創していきます。

ここからは、各チームのグループワークの様子から成果発表までを順番に紹介します。

音楽がカラフルなものになった「字幕」チーム
「字幕チーム」の講師を務めたアーティストの小林沙織さん(前列左)とファシリテーターの冠那菜奈さん(後列)

「字幕」チームの講師は、アーティストの小林紗織さん。音楽を聴き浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「score drawing」作品を発表しています。小林さんは、ろうの写真家・齋藤陽道さんを追ったドキュメンタリー映画『歌のはじまり』(2020年公開)で、映画で流れる音や音楽のイメージを描いて表現する「絵字幕」の制作を行いました。

グループワークでは、人それぞれの音の感じ方の違いに着目し、音を視覚化することをテーマに新しい字幕の開発を行いました。特に、美術と手話プロジェクト代表で、(株)丹青社のデザイナーでもある、ろうの西岡克浩さんが「音楽」をどう感じ取っているのかを想像し、どう感じてもらったらいいのかを考えながら進めることにしました。

ろうの西岡さん(右)に音のイメージをどのように伝えられるかが、話し合いの中心になっていく ★

小林さんが持参した様々な珍しい楽器の音を聴いてもらい、それぞれがスケッチブックに絵を描きます。すると、聴こえる人と聴こえない人に関係なく、一つの音を聞いても表現する形がそれぞれに違うことがわかりました。同じ音を聴いても、怖さや拒絶を感じるという人もいれば、暖かさを感じるという人もいました。

参加者は、自分がその音からどのようなイメージを受けたかを絵で表現する  ★

例えば、左から右へ流れる音を聴いて、風鈴のような余韻や波のような響きを感じる人もいましたが、触れないと体感できない西岡さんは触れると振動が止まってしまうため、摘んだような音だと感じます。また、西岡さんは1色で描いていましたが、いろいろな色で描く人が多く、「どうやって色を選んでいるのか」と西岡さんに聞かれたことで、音を聴いて無自覚に色を選んでいることに気づかされました。

なぜこのような絵を描いたかを説明する際にも、様々な気づきが生まれていく ★

さらに、部屋から聞こえてくる家事の音など、音が記憶に紐づいていることもあれば、感情が動かされることもあるといったことも話し合われました。

オンラインで公開された成果発表の様子。小林龍輔さん(一番左)は西岡さんに音の通訳を行った

成果発表では、小林沙織さんが様々な楽器を使って音を出すのに合わせて、メンバー全員がコラボレーションする形で、大きな紙に順番に感じた音の即興ドローイングを行いました。その中で俳優の小林龍輔さんは、聞いた音を体で表現して西岡さんに伝える通訳を務めました。「音をどうイメージして表現するか、五感での認識を深めることができていろいろな感覚が生まれました」と手応えを得た様子。

「字幕チーム」が感じた音を即興で描いた絵字幕をみなで共有した ★

西岡さんは音を目で捉え、肌で気配を感じているようです。 「音を絵で表す経験がなかったので、イメージに置き換えるという発想がありませんでしたが、絵が人それぞれ違うので、音の感じ方も人それぞれだとわかりました。今回の経験で、白黒の世界がカラフルな世界に変わっていくような感じがして、音って豊かで面白いと感じています」と、この2日間で表情に変化がありました。

「楽器インタフェース」チームの講師・金箱淳一さんは、「字幕」チームの発表を受け、「言語化されていないものを共有しているプロセスに価値がある」と講評しました。  

オリジナルのルールを創造した「ゲーム」チーム
「ゲーム」チームの講師を務めた松尾政輝さん(右) ★

「ゲーム」チームの講師は、国立研究開発法人産業技術総合研究所特別研究員の松尾政輝さん。音を聞いて遊べる視覚に障害のある人向けのオーディオゲームや、障害の隔たりなく楽しめるインクルーシブ・ゲームを開発している、全盲のゲーム開発者です。

グループワークでは、まず、松尾さんが開発した、音だけで電車を運転する視覚障害者向けトレインシミュレータ『Dreamy Train~ドリーミートレイン~』などのゲームをメンバーが実際に操作してみることから始まりました。

「ゲーム」チームの参加者は、まず音だけで楽しむゲームを体験した ★

ゲームデザイナーの犬飼博士さんもファシリテーターとして、参加者を導きます。犬飼さんから、「そもそも『ゲーム』とは何か」という問いかけのもと、参加者は『ゲーム』について話し合います。話し合った結果、今回はコンピュータゲームのコードを書くのではなく、実際に身体を動かす単純な遊びを開発することになりました。

「ゲーム」チームのファシリテーターを務めた犬飼博士さんは、eスポーツプロデューサー、ゲーム監督、運楽家など多くの肩書きを持つ ★

そして、視覚に障害がある人も聴覚に障害がある人も一緒に参加できるゲームとして、ロープを使って触覚で遊ぶ新しい「伝振ゲーム」をつくっていきました。つくる過程では「メンバーひとりひとりのアイデアからルールをつくる」、「他チームからも、聴覚や視覚に障害のある方に参加してもらって開発を進める」、「ゲーム初心者でも楽しめるように難易度が変えられるようにする」といったことを目標にしました。

たまたま会場にあったロープを使い、みんなで楽しめるゲームをつくる「ゲーム」チーム ★

実際に何度もやってみながら「自分の動きが終わったら次の人の肩を叩く」、「全員が終わったら両手を挙げる」、「番号で呼ぶ」、「答え合わせでは、視覚に障害のあるプレイヤーと一緒にロープを動かして動作の確認を行う」といったルールが生まれていきます。

「ゲーム」チームの参加者、西浦弘美さん

大学院でろう者と聴者のコミュニケーションのためのデバイスを研究している西浦弘美さんは、「松尾さんと一緒につくることでオリジナルのルールが生まれた」と語っていました。  

発表では、チームのメンバーだけでなく、他のチームメンバーでもあった盲ろうの森敦史さんも参加してデモンストレーションが行われました。全員でサークル状のロープを持ち、目をつぶり、親を決めて、お題となる動きを考えて行い、伝え終わったら右隣の人の肩を叩く。これを順に回して、最後の人と答え合わせをする、といったゲームです。発表では、ロープを上げてから下げるという動きを「伝振」させていきましたが、本番で初めて成功したとのこと。参加者のなかで一体感が生まれました。

発表会で披露した「伝振ゲーム」では、初めて動きが最後の人まで正確に伝わり、大成功となった。

松尾さんは、「ゲームをしているときに、私が持っていたロープが動いたので、隣の人は体を動かしながら何かを発信しているんだと感じました。普段は周りの人の仕草や表情はわからないまま、声を中心に話をしているのですが、自分にも目があるじゃないかと感覚が拡張した気になりました。新しいコミュニケーションツールのヒントになりそう」といきいきと語りました。

取材・文:白坂由里
撮影(★のみ): 佐藤基

◎クリエイティブ・ビーイング・トーキョーでは、下記のイベントを開催します。 
 本ワークショップから続く、短期集中キャンプ「共鳴する身体」も実施します。 【参加者募集中(5/27〆切)】

芸術文化による共生社会の実現を目指す国際カンファレンス
「だれもが文化でつながる国際会議:Creative Well-being Tokyo 2022」開催!
会期:2022年6月28日(火)~7月7日(木)
会場:東京国立博物館、東京都美術館、上野恩賜公園竹の台広場、LIFULL Fab
入場無料 ※国際会議のみ事前予約制(6月1日よりWebサイトにて予約開始)
詳細はこちら⇒https://creativewell.rekibun.or.jp/conference/