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学校と文化施設をつなぐ ティーチャーズプログラム2019 「ミュージアム・スクール」〈東京都現代美術館〉

部屋にある作品のなかで一番好きだと感じたものの前に立ち、その理由をそれぞれ語り合います。
(作品:小林正人 左≪この星へ#2≫2009年、右≪Unnamed #18≫2000年)

 

当財団では、毎年夏休み時期に「学校と文化施設をつなぐ ティーチャーズプログラム」を実施しています。東京都内の小中高等学校、特別支援学校の教員の皆さまを対象に、都立文化施設の教育普及事業を体験していただく取り組みです。今年も8プログラムを実施し、今回はその1つ、東京都現代美術館で実施している、現代美術の楽しみを子どもや先生方に体験してもらう「スクールプログラム」を紹介します。(2019年7月31日開催)

 

 

「鑑賞の3つの基本」をワークで体験

この日は、都内の小中高等学校および特別支援学校から23名の先生方が、東京都現代美術館の研修室に集まりました。いつもは子どもたちが参加し、学芸員とのコミュニケーションで主体的・対話的に作品鑑賞する「スクールプログラム」の1つ、「ミュージアム・スクール」を、先生方が実体験するのです。担当は、東京都現代美術館の教育普及係の郷泰典学芸員です。

まずは、東京都現代美術館「スクールプログラム」の簡単な説明がありました。本プログラムには「ミュージアム・スクール」の他に、「先生のための特別研修会」「アーティストの1日学校訪問」「授業用教材の貸し出し」があります。学外活動や授業にすぐ使える企画ばかりで、熱心にメモをとる先生が多く見られました。

 

「鑑賞の3つの基本」について説明する郷学芸員

 

次に、郷学芸員はホワイトボードに「観察、想像、コミュニケーション」と書くと、意外な提案をしました。「ご自分の持ち物を隣の人と交換して、よく観察してみましょう」。

先生方は初対面の相手と持ち物を交換し、それを観察し始めました。本来の持ち主は、ものについてまだ何も説明してはいけないようです。先生方は、まったく情報のないものをまじまじと見つめてから「このペン、細くて短いですね。使うのは繊細な人だろうなと思いました」など、観察の感想をまず述べ合いました。

その後、持ち主自身が「私はこの帽子のごわごわした素材が気に入っていてね……」などと伝えます。すると、それぞれのものを介した会話で、場は一気になごやかに。

 

初対面同士でも、持ち物を通して会話がはずみます。

 

郷学芸員は「観察して想像したあとに、持ち主の語るストーリーが入ることで、見え方がガラッと変わったのでは? 鑑賞の3つの基本、観察・想像・コミュニケーションがこの中には入っています。子どもたちにもできる簡単な鑑賞体験を紹介しました」と伝えました。これから向き合う美術作品も、3つの基本を使って鑑賞します。

 

 

いよいよコレクション展示室へ

郷学芸員と先生方は、美術図書室を見学した後、いよいよコレクション展示室へ。6作家の作品を見て歩きながら、実際に使える鑑賞アイデアを体験します。

マーク・マンダースのインスタレーション作品≪音のないスタジオ≫の前に着きました。郷学芸員は参加者に話しかけます。
「これは中に入れる作品で、空間全体が1つのアートです。たとえば、このビニール壁を使って、想像させる鑑賞遊びができるんですよ。あちら側は見えるようで見えませんが、さて、何があるでしょうか?」
ビニール壁の向こう側にある作品をまず予想させて、見たい気持ちを高めるやり方のようです。

 

作品の素材を知ろうと、近寄って様々な角度から観察します。
(作品:マーク・マンダース≪椅子の上の乾いた像≫2011-15年)

 

先生方からは「工事現場の機械かな?」などの声が。はたして壁の向こうに周ってみると、少女の半身像≪椅子の上の乾いた像≫が置かれていました。怖い、と小さな感想が漏れ聞こえる中、郷学芸員は「観察しましょう。どんな素材でできているでしょう?」と、なおも質問を重ねます。少女の上半身は粘土製に見えるけれど、下半身の代わりになっているのは木かな……?

「正解はブロンズです。少女も木も、すべてそうですよ」と郷学芸員。えっ!? 先生方からどよめきが起きます。粘土や木のざらざらした質感が、金属でここまで表現できるものなのですね。観察と想像を経て、学芸員の一言を聞いたからこそ、大きな驚きと興味が生まれた瞬間でした。

 

 

子どもになりきって見る

まずは作品をじっくりと鑑賞する参加者の皆さん。

 

一行は、文谷有佳里の4作品の元に来ました。≪なにもない風景を眺める≫と題された作品群で、大画面に墨線の細かな絵が描かれています。郷学芸員は「まず集中して観察してみましょう」といいました。街を描いたようにも、抽象画にも見える不思議な絵です。

 

繊細な作品の中から、拡大コピーと一致する部分を探します。
(作品:文谷有佳里《なにもない風景を眺める》)

 

しばらくして今度は、作品の一部を拡大コピーしたカードが、何人かの先生に配られました。郷学芸員が「カードの絵柄が絵のどこにあるか、グループで探してみましょう」というと、先生方は一斉に絵探しを始めました。その瞳はもはや子どもそのもの。 「コピーには直線がある。絵の中の直線が描かれたところを重点的に探そう」「余白が多いから、このあたりかもしれない」など、細部の情報を頼りに進めていくと「あった!」。あちこちで歓声があがります。

 

参加者同士で相談しながら拡大コピー部分を見つけます。

 

見知った物が描かれていない絵は、時として「わからないから」と鑑賞を諦められてしまいがちです。けれど、拡大コピーを遊びのきっかけとして配置することで、結果的に細部までじっくり鑑賞することにつなげるアイデアでした。

 

取り上げた作品は他に、アルナルド・ポモドーロ≪太陽のジャイロスコープ≫、奥村雄樹≪くうそうかいぼうがく(深川編)≫、小林正人≪絵画≫≪この星のモデル≫≪この星へ #2≫≪Unnamed #18≫、宮島達男≪それは変化しつづける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く≫があり、次々と鑑賞アイデアが披露されては、参加者を知的な楽しみへと誘っていました。

 

もともと東京都現代美術館の屋外に展示されていた作品。二階から眺めたあと、近寄って細かい部分を鑑賞しました。
(作品:アルナルド・ポモドーロ≪太陽のジャイロスコープ≫1988年)

 

 

子どもと現代美術を楽しむために

終了後、先生方に感想をうかがうと、様々な変化を感じている様子が伝わってきました。

 

私立東京女子学園中高で美術を担当する小林智美先生は「引率時をイメージしようと参加しましたが、いつの間にか自分が子どもになって楽しんでいました。心から面白がれるこうした取り組みにこそ、子どもを参加させたいです」と話します。

 

私立東星学園小で図工を担当する田原祥子先生は「普段の授業では、生徒による観察の機会を設けるのが難しいですが、実際に美術館に来れば自然とできて、見る力を鍛えられると感じました。作品の力って強いですね。場所を変えることで、違った伝え方ができそうです」と教えてくれました。

 

左:私立東京女子学園中高 小林智美先生 右:私立東星学園小 田原祥子先生

 

郷学芸員は、財団の「学校と文化施設をつなぐ ティーチャーズプログラム」は東京都現代美術館が学校向けにどんな提案をしているかを知ってもらえる場といいます。「子どもには現代美術への垣根がないといつも感じますが、日々子どもたちに接する先生方も、比較的すぐに子どもの目線になれる方々なのだと、今日一緒に回って感じました」と話しました。

 

現代美術の楽しみは、知らなかったものを見せてくれ、今までの見方が転換するところだそうです。一見、遊びのような今日のワークには、すぐに使えるアイデアから見る際の柔軟な姿勢まで、鑑賞教育のヒントがたっぷり詰まっていました。

 

左:東京都現代美術館 郷泰典学芸員 右: 東京都現代美術館は今年3月にリニューアル・オープンしたばかり。

 

 

ティーチャーズプログラムは日々の授業や校外学習に役立つ

美術をはじめ、さまざまな教科の授業や校外学習に役立てられる「学校と文化施設をつなぐ ティーチャーズプログラム」。先生方が学芸員や職員に直接出会う機会でもあるので、学校での活用の仕方をじっくり探ることができます。

今年は東京都現代美術館のほかに、以下の7施設で開催しました。

 

・東京都江戸東京博物館(両国):ワークシート(小学生向けの見学用補助シート)のつくり方(7/26)
・東京都庭園美術館(目黒):たてもの文様帖、さわる小さな庭園美術館(7/29)
・江戸東京たてもの園(武蔵小金井):昔くらし体験、「けんちく体操」体験、園内見学(8/1)
・東京芸術劇場(池袋):ダンスワークショップ体験(8/2)
・東京文化会館(上野):音楽ワークショップ体験(8/5)
・東京都美術館(上野):学校連携事業の紹介、展覧会鑑賞ワークショップ体験(8/16)
・東京都写真美術館(恵比寿):暗室現像体験、鑑賞プログラム体験(8/20)

 

ティーチャーズプログラムへの参加資格は、東京都内の小中学校や高等学校、特別支援学校の教員であることです。公立、私立に関係なく参加できます。毎年夏に開催されるこの特別プログラムで、各施設の特色ある活動にぜひ触れてみてください。(2019年のプログラムは終了しました。)

 

 

文:てらしまちはる

写真:後藤秀二