東京文化会館が2021年度から開始した「シアター・デビュー・プログラム」。幼少期に音楽ワークショップや子供向けコンサートを経験した子供たちへの次のステップとして、東京文化会館が一流のアーティストを起用し、小学生向け、中学・高校生向けのオリジナル舞台作品を企画・制作する取り組みです。公演の上演だけでなく、出演者などによる学校でのアウトリーチも実施し、青少年が舞台芸術や劇場に興味をもつきっかけを提供しています。
東京文化会館が2021年度から開始した「シアター・デビュー・プログラム」。幼少期に音楽ワークショップや子供向けコンサートを経験した子供たちへの次のステップとして、東京文化会館が一流のアーティストを起用し、小学生向け、中学・高校生向けのオリジナル舞台作品を企画・制作する取り組みです。公演の上演だけでなく、出演者などによる学校でのアウトリーチも実施し、青少年が舞台芸術や劇場に興味をもつきっかけを提供しています。
これまでの2年間で、「シアター・デビュー・プログラム」では4作品が上演され、2023年度も小学生向け、中学・高校生向けの公演が2本上演されることが決定しています。これまで上演された舞台作品とあわせて、東京文化会館の「シアター・デビュー・プログラム」の取り組みについてご紹介します。
青少年に「舞台芸術鑑賞デビュー」の機会を創出する目的で、オリジナルの舞台作品を企画制作・上演してきた東京文化会館の「シアター・デビュー・プログラム」。2021年のスタート以来、『Hamlet ハムレット』(中学・高校生向け)、『虫めづる姫君』(小学生向け)、『オペラ「ショパン」』(中学・高校生向け)、『ピノッキオ』(小学生向け)と4つの舞台作品が上演され、いずれも高い評価と人気を得てきました。
青少年期に触れる機会があると好ましい文学作品や、音楽の授業で接するクラシックの名曲を取り入れる、という基本コンセプトは守られながらも、完成した作品はどれもユニークでカラフル、東京文化会館小ホールという舞台空間の無限の可能性も感じさせる意欲的な作品が生み出されています。
2021年度に一作目として上演された『Hamlet ハムレット』は、人形劇俳優で演出家の平常(たいら・じょう)とチェリストの宮田大が2016年に東京文化会館の同ホールで発表したもの。3時間強というボリュームを120分ほどに短縮し、中高生にも鑑賞しやすい形に再編されました。シェイクスピアの原作が平常の「命あることを愛おしく思う」死生観によって視覚化された「ひとり人形劇芝居」は、若い鑑賞者たちに大きなインパクトを与えたに違いありません。
二作目の『虫めづる姫君』(小学生向け)は、舞踏の我妻恵美子がエキセントリックな姫を演じ、音楽監督の加藤昌則が耳に残る「手まり歌」など珠玉のメロディを作曲して、ホールに熱狂をもたらしました。アンダーグラウンドなイメージもある舞踏が、歌手や器楽奏者との共演でユーモラスな色彩を加えられていたのが印象に残ります。舞踏を初めて経験する子供たちにとっても興味深くエキサイティングな時間になりました。
この公演は、世界の若い聴衆のための音楽作品における創造性と革新性を表彰する賞「YAMawards (The Young Audiences Music Awards)」のベストオペラ部門ファイナルにノミネートされるなど、欧州でも高く評価されました。
2022年度に中学・高校生向けに上演された『オペラ「ショパン」』は、ショパンの名曲の数々を歌劇にした作品。オリジナルスコアは散逸され、残されたヴォーカル・スコアと録音をもとに「発掘」された奇跡的な上演で、岩田達宗の演出でショパンを主人公にしたファンタジー的な物語がドラマティックに描き出されました。ショパン役の山本康寛はほぼ出ずっぱりで素晴らしい歌声を聴かせ、声楽家としての底力を見せてくれました。
2023年2月に上演されたばかりの『ピノッキオ』(小学生向け)は、平常と宮田大の黄金コンビに、ギターの大萩康司が加わり、1時間10分の楽しい舞台が繰り広げられました。平常が人形劇俳優としてすべての登場人物を演じ、チェリストの宮田大とギタリストの大萩康司が音楽を担当。クラシックの名曲を随所にちりばめた演奏に合わせて好奇心旺盛なピノッキオと、ピノッキオをやさしく見守るおじいさんの心模様が温かく描かれていきます。チケットは完売という人気ぶりで、満員の会場が熱気に包まれました。
いずれも、大人が鑑賞しても充分に感動する作品で、「子供向けだから大人は飽きてしまう」内容のものは一作もありません。芸術的なレベルは高く、初めて舞台に触れる子供たちにとっては贅沢な時間となったはずです。
「アーティストの人選に関しては、特に基準はないのですが、各界で活躍されている方ということでフレキシブルに起用させていただきました。『虫めづる姫君』の舞踏の我妻美恵子さんに関しては、舞踏のある種の怖いイメージを払拭するために、広告から明るいイメージで作っていきました。会場の集中力は素晴らしく、二日間の公演で初日の評判がよかったこともあり、二日目のチケットがかなり動いたのです。最初は苦戦しましたが、舞踏でこれだけいけるんだ、という手ごたえを得ました」と、東京文化会館の事業担当は話します。
「シアター・デビュー・プログラム」では、アーティストが学校に出向いて公演やワークショップなどを行うアウトリーチ活動も多く行われており、アーティストのパフォーマンスを間近で見た子供たちからの活発な質問も寄せられます。『ハムレット』では人形劇俳優の平常とチェリストの宮田大に「共演者がいるときといないときでは、演奏に違いはあるか?」といった問いがあり、子供たちも真剣な答えに耳を傾けていました。
「本物の音楽を聴くと、子供たちの反応も違ってくるんです。そうした反応は演じる側にもフィードバックしてきます。我妻さんがアウトリーチで行った表現に音楽監督でピアニストの加藤さんが感動したことから、演出家のアイデアで奏者たちの本番での動きに踊りを入れたこともありました。『オペラ「ショパン」』は、内容が昨今の社会情勢とはからずも重なることがあり、演出の岩田さんの言葉に子供たちも圧倒されていた様子でした」(東京文化会館の事業担当)
2023年度には二つの新作が予定されています。8月に上演予定の音楽劇『シミグダリ氏または麦粉の殿』は、古いギリシアの民話がもとになったファンタジーで、たくさんの求婚者たちに囲まれても全員気に入らないお姫様が、「自分で殿を作ってしまおう」とセモリナ粉をこねて作り、そうして完成した「シミグダリ氏」があまりに素晴らしいので遠い国の女王様に奪われ、取り返しに行くという冒険譚。音楽監督・作編曲は新垣隆、元宝塚の娘役トップスター月影瞳が「シミグダリ氏」を奪う女王役で出演します。
2024年2月に上演予定の『ラヴェル最後の日々』では、『虫めづる姫君』の音楽を担当した作曲家の加藤昌則が再登場し、脳の病気で次第に記憶を失っていくラヴェルに着目し、新たな作品を創造します。演出・脚本は岩崎正裕。俳優、ダンサー、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、バンドネオンの構成となり、新たな舞台の可能性が発見できそうです。
文:小田島久恵
<小学生向け>
音楽劇『シミグダリ氏または麦粉の殿』《新制作》 ★チケット販売中
日時:2023年8月6日(日) 14:00開演(13:30開場)
会場:東京文化会館 小ホール
音楽監督・作編曲:新垣隆
脚本・演出:久恒秀典
<中・高校生向け>
『ラヴェル最期の日々』≪新制作≫ ★10月21日(土)チケット発売
日時:2024年2月17日(土)・18日(日) 14:00開演(13:30開場)
会場:東京文化会館 小ホール
音楽監督・作編曲:加藤昌則
演出・脚本:岩崎正裕
★「東京文化会館チャンネル」で、シアター・デビュー・プログラムの『虫めづる姫君』《新制作》、『オペラ「ショパン」』《新制作》の記録映像をご覧いただけます。