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今年は舞踏プログラムが充実! 日本発の芸術「舞踏-BUTOH-」の魅力に迫る

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より (奥が麿赤兒) Photo: Kawashima Hiroyuki


2021年度は、日本発の芸術「舞踏-BUTOH-」に関連するプログラムが目白押し。 
日本を代表する舞踏家、麿赤兒(まろ・あかじ)が主宰する舞踏カンパニー「大駱駝艦」(だいらくだかん)が、東京芸術祭特別公演「ファンタスティック・サイト」において「Crazy Camel Garden」を5月21日~23日に東京都庭園美術館・芝庭で上演したほか、オンラインでも、舞踏の影響を受けつつもそれぞれの方法で身体と向き合い活動を続けているアーティスト3組を紹介する、フィルム&パフォーマンス「Undercurrents」が2022年3月末(予定)まで開催中。

また、Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13では、舞踏をはじめとするかつての「アングラ」カルチャーに注目する「TOKYO REAL UNDERGROUND」が8月15日までオンラインを中心に開催されています。

 

1960年代の日本に始まり、世界に広まった身体表現「舞踏-BUTOH-」の現在と、その魅力を伝える各プログラムの見どころを紹介します。

 

日本発の身体表現「舞踏-BUTOH-」とは何か

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

「舞踏」とは、1960年代に土方巽(1928-1986)が大野一雄(1906-2010)らと共に創始・発展させたダンスの様式です。
土方も大野もモダン・ダンスを学んでおり、そのモダン・ダンス自体が、規律と調和と安定性を重視し、身体を外側に開き上方に引き上げるといったバレエ的な西洋の美学へのアンチテーゼとして生まれたものでしたが、舞踏ではさらに歪んだ身体や内股や低い重心など前近代的・土着的な身体を志向し、過激で猥雑で混沌とした魅力あふれる世界を作り上げました。「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」との土方の言葉は、そうした舞踏の精神を端的に表しています。

 

トレードマークのように思い浮かべられることの多い剃髪や白塗りは、全ての舞踏で行われているものではありませんが、日常的・社会的な個性を消し、人間の根源的な姿を表す舞踏の世界観に適していると言えるでしょう。舞踏は、三島由紀夫や澁澤龍彦を始めとする作家や詩人、アングラ演劇などと交流しながら、前衛芸術として発展していきます。

 

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

その舞踏が世界の「BUTOH」になるのは、1980年代のこと。1980年、フランスの第14回ナンシー国際演劇祭に、大野一雄、笠井叡、山海塾、田中泯が招聘され、中でも大野は土方巽演出のソロ『ラ・アルヘンチーナ頌』を上演して喝采を浴びます。大駱駝艦は1982年、アヴィニョンフェスティバルとアメリカン・ダンス・フェスティバルにも参加し、「BUTOH」の認知度を高めました。山海塾も、1982年以降、すべての作品をパリ市立劇場との共同制作で発表して今に至ります。このほか、様々な舞踏の踊り手やカンパニーが、ヨーロッパやアジアで成功を収め、舞踏は世界各地に広まっていったのです。

 

 

「舞踏」を深く知る、2つのプログラムをご紹介!
①東京芸術祭特別公演「ファンタスティック・サイト」

江戸から明治へと西洋化・近代化の波の中で発展してきた日本。「ファンタスティック・サイト」は、そんな日本の中で時代と時代の狭間を感じさせる土地を舞台に、日本発の芸術表現である舞踏やそのエッセンスを受け継ぐアーティストたちのパフォーマンスから、かつての日本の風景や感情を蘇らせる試みです。
東京芸術祭総合ディレクター宮城聰のディレクションによる、大駱駝艦・天賦典式「Crazy Camel Garden」の上演、さらに東京芸術祭プランニングチームのメンバーであり、フェスティバル/トーキョーのディレクター、共同ディレクターを務める長島確と河合千佳のディレクションによるフィルム&パフォーマンス「Undercurrents」が実施されています。

 

※「東京芸術祭」公式ウェブサイトには、宮城麿赤兒の本公演にかけるインタビュー記事が掲載されています。

 

●大駱駝艦・天賦典式「Crazy Camel Garden」

【日程】2021年5月21日(金)~23日(日)
【会場】東京都庭園美術館・芝庭

 

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

まずは、東京都庭園美術館・芝庭で行われた公演「Crazy Camel Garden」の取材リポートから。
東京都庭園美術館は、久邇宮朝彦親王の第8王子である鳩彦王が1906年に創立した宮家・朝香宮家の旧邸宅です。フランス人芸術家アンリ・ラパンに主要な部屋の設計を依頼して、日本古来の職人技を駆使しながらアールデコ様式で作られた、まさに日本と西洋が交差する場所で、麿赤兒率いる大駱駝艦・天賦典式「Crazy Camel Garden」公演が行われました。2012年に大駱駝艦がパリで初演した「Crazy Camel」を原型とする、ファンタスティック・サイト用の特別バージョンでの上演です。

 

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

土方巽に師事し、唐十郎率いる劇団・状況劇場での活動を経て、1972年に大駱駝艦を旗揚げした麿赤兒はいわば、舞踏史の生き証人です。舞踏の創成期、舞踏手たちはキャバレーなどで金粉ショーに出演して生計を立てました。その歴史を踏まえ、大駱駝艦では今も路上などで金粉ショーを行っていますが、パリの有名なキャバレー「Crazy Horse」に対抗し、駱駝=キャメルを付けたタイトルの本作でも、全身に金粉を塗った14人の舞踏手が登場。日が落ちて夜へと変わる時間帯に現れた金色の肉体は、三十三間堂の仏像のように神々しく、そして官能的に煌めきます。

 

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

そこに現れた、リボンとセーラー服の白塗りの女学生(麿赤兒、鉾久奈緒美)。二人は仲良く交流しますが、モネの画集を持った男子学生(村松卓矢)が登場すると、我先にと男子学生を誘惑し、恋の鞘当てが繰り広げられます。男子学生はどちらにもなびかないまま、ヴィヴァルディ「四季」の音楽に乗せて彼らの人生の四季も移ろい、男子学生は老人の姿に。女学生も貴婦人の姿となります。
気がつけば性の目覚めから老いにまで至るそのさまは、振り返れば夢のように儚く感じられます。それは誰もがいつか味わう人生の道程であり、また、明治時代に開国し勢いよく発展して今は成熟期あるいは衰退期に入ろうとしているとも言える日本や、若い世代の前衛運動として起こって世界的な芸術となった舞踏の歴史とも重なると言えるかも知れません。

 

東京芸術祭特別公演ファンタスティック・サイト「Crazy Camel Garden」より Photo: Kawashima Hiroyuki

 

近代と前近代、日本と西洋、過去と現在……様々なものが交錯する場となった「Crazy Camel Garden」は、夜闇が深まる中、開演直後とはまた違う、黒光りするような輝きを放ちながら幕を下ろしたのでした。

 

 

●フィルム&パフォーマンス「Undercurrents」
【日程】 2021年1月~2022年3月  
【会場】オンライン

 

表面からは見えない流れを意味する「Undercurrents(アンダーカレンツ)」。 江戸の水路の上に現在の東京が存在しているように舞踏のスピリットも、一見全く違うもののように形を変えながら、様々なアーティストの中に脈々と受け継がれています。
「ファンタスティック・サイト」のもうひとつのプログラム「Undercurrents」は、そうしたアーティストの中から、岩渕貞太、黒田育世、大橋可也&ダンサーズの映像作品を上映し、2020年のパンデミックを通過し、日々移りゆく東京という場所と踊り手の身体を接続させる企画です。


岩渕貞太『A Water Vein』
(製作年:2021年 上映時間:22分)

岩渕貞太は、日本舞踊や舞踏を学び、舞踏家の故・室伏鴻の公演に、2007年から室伏が亡くなる直前の2015年まで出演。
映像作品『A Water Vein』では岩渕自身が、東京という都市の下に人知れず流れる、あるいはかつて流れていた水路や水脈を求め、夜の東京の至るところを身体でもって確かめるように、時に声を出しながら彷徨い、転がり、踊ります。秋田の農村の至るところで土方巽がポーズを撮った細江英公の写真集「鎌鼬」にもインスパイアされたと語る岩渕の姿に注目です。

 

黒田育世『病める舞姫』
(製作年:2021年 上映時間:22分)

室伏鴻との共演や笠井叡作品への出演の経験を持ち、2018年、土方巽の著書「病める舞姫」を題材に複数の舞踊家が作品を競演する企画「ダンスがみたい!20『病める舞姫』を上演する」で自身初の“自作自演ソロ”を発表した黒田育世。
今回は同じ「病める舞姫」を題材に、築150年の歴史を持ち、最後はスタジオとして使われて今年3月にその役割を終えた日本家屋でのパフォーマンスに。建物やそこにあるものに繊細な手付きで触れ、確かめるようにする中から、不思議な非現実的時空間が生まれていきます。

 

大橋可也&ダンサーズ『Tune To A Dead Channel: Departure / Arrival』
(製作年:2021年 上映時間:Arrival(86分)Departure(26分))

舞踏家の故・和栗由紀夫による「和栗由紀夫+好善社」の公演に舞踏手として参加し、1995年、独自の活動を開始した大橋可也。舞踏譜をまとめたことで知られる和栗のもとで学んだ大橋にとって、舞踏譜という記憶を作るプロセスおよび作品作りを、映画「ブレードランナー」のレプリカントたちの世界に重ねたそうです。
都内有数の工場地帯・北八王子の鉄製品工場。現役で稼働する機械と場を共有しライブ配信を行った「Arrival」と、宿場町としても栄えた八王子の街なかで撮り下ろした映像「Departure」の2つを配信します。

 

 

② Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13 「TOKYO REAL UNDERGROUND」

【日程】 2021年4月1日(木)~8月15日(日)
【会場】オンライン  および   都内複数ヶ所

 

2つ目にご紹介する「TOKYO REAL UNDERGROUND」は、Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13のひとつとして、NPO法人ダンスアーカイヴ構想の企画運営のもとに、開催される複合的なダンスフェスティバルです。東京の地下=「アンダーグラウンド」と、舞踏をはじめとするかつての「アングラ」カルチャーに注目し、2021年4月から8月まで約5ヶ月にわたって、オンライン配信プログラム「TRUオンライン」と展示プログラム「TRUエキシビション」を展開しています。

 

●「TRUオンライン」から注目作品をピックアップ

 

川口隆夫『大野一雄について』(6/27(日)19:30〜8/15まで配信)

photo by Tatsuhiko Nakagawa

 

2013年、「ダンスがみたい!15」で初演。伝説の舞踏家・大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』『わたしのお母さん』『死海』の記録ビデオや大野一雄の映画「O氏の肖像」を、川口隆夫が驚くべき精度で完全コピーし、あるいは再解釈して送る作品です。決して身体的には似ていない大野と川口だが、ふとした瞬間にその二人が重なるのが、振付の、そして身体の面白い点だと言えるでしょう。今回は映像ならではの演出も入るということで期待が高まります。

 

■「BUTOHスナック」
上野・池之端のスナック店舗跡に開設した配信拠点「BUTOHスナック」から、アーティストトークを生配信し、一部は8/15までアーカイブ配信しています。(6/27(日)『大野一雄について』19:30〜初回上映後も生配信あり!

 

尾竹永子ソロプロジェクト「A Body in Places」
尾竹永子 『福島を運ぶ』+『福島に行く』(8/15まで配信)

photo by William Johnston

 

土方巽のもとでパートナー、コマと出会い、大野一雄にも学んだのち、ニューヨークを拠点に、パフォーマンス・デュオ、エイコ&コマとして世界各地で公演してきた尾竹永子が、劇場以外の場所に身を置き、場所と対話する身体表現の可能性を探るソロプロジェクトが「A Body in Places」です。
今回は、東日本大震災から10年を経た2021年3月、福島への入り口である上野をはじめ東京のさまざまな場所に佇み、福島のイメージを投影し踊る『福島を運ぶ』と、写真家ウィリアム・ジョンストンとともに2014年から2019年までに断続的に福島を訪れて撮影した25,000点以上の写真から尾竹自身が編集した映像作品『福島に行く』を配信。尾竹の身体と声・語りから私達の今が浮かび上がります。

 

飯名尚人+川口隆夫+川村美紀子+松岡大『三』(8/15まで配信)

三

photo by Tatsuhiko Nakagawa

 

舞踏の誕生に深く関わった3人の舞踏家——土方巽、大野一雄、大野慶人の代表作を現代のダンサーが完全コピーします。現代の踊り手——川村美紀子、川口隆夫、松岡大の3人は、舞踏とコンテンポラリーダンスを語る上で欠かせない存在ですが、それぞれに世代が違い、体験が違い、複雑な関わりを持ち合っています。
映像作家やプロデューサーなどの顔を持つ飯名尚人が土方巽、大野一雄、大野慶人の関係性に着目して造ったのが『三』。コンテンポラリーダンサーとして強烈な個性を発揮する川村美紀子が土方巽の『疱瘡譚』を、前述の川口が大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』を、山海塾の松岡大が大野慶人の『土方三章』を厳密にコピーして再現します。作品が違うので三人同時には踊りませんが、一人が三人になる映像ならではの演出も。

 

 

●「TRUエキシビション」プログラム

 

[日程]2021年4月1日(木) ~ 7月13日(火)
[会場]銀座地下歩道(銀座駅・東銀座駅間地下通路)

photo by Tatsuhiko Nakagawa


1961年に初来日した写真家ウィリアム・クラインは、約2ヶ月間東京の街を駆け回って撮影し、64年に写真集『東京』を発表しました。その中から銀座と新橋で写した10点を壁いっぱいに引き伸ばして展示。日常の風景の中に、突如として60年前の景色が現れる、都市型の写真展です。

 

■街歩き型AR 「ダンス・ハプニング・トゥデイ」
【日程】 2021年4月1日(木)~8月15日(日)
【会場】銀座・新橋路上およびオンライン

1961年の雨上がりの銀座・新橋街頭で、のちに舞踏の創始者とされる土方巽、大野一雄、大野慶人の路上パフォーマンスを撮影した写真家ウィリアム・クラインの足跡を辿る新感覚の街歩き型AR作品です。地図に示された場所でスマートフォンをかざすと、そこで撮影された一連の写真を見ることができます。

 

■オンライン年表「舞踏出来事ロジー」
【日程】 2021年4月1日(木)~8月15日(日)
【会場】オンライン(公式WEBサイト上に公開)

イラスト:Yo Ishihara

 

舞踏家たちは、前衛芸術だけでなく、キャバレーやCMで踊り、万博映画に出演し、音楽番組のバックダンサーを務め、近年は人気TVドラマにも登場するなど、多方面で活躍してきました。様々なメディアやジャンル、商業的な世界とも結びつき、社会に影響を及ぼしていった舞踏の歴史を、石原葉によるイラストとともに振り返るオンライン年表です。

 

 

以上、コロナ禍の現在だからこその、リアルとオンラインをミックスさせた新しい鑑賞方法で「舞踏」を深く知ることができるプログラムの数々。この機会にぜひ日本が世界に誇る「舞踏」の魅力を再発見してみてください!

 

 

取材・文:高橋彩子