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【第13回恵比寿映像祭「映像の気持ち」】日常をとりまく動画を捉え直すヒントに

準備段階から会期中に至るまで、新型コロナウイルス感染症の影響を受け続けた、「第13回恵比寿映像祭」(2021年2月5日~2月21日開催)。まさにこの状況下ならではのものとなった今回の企画について、アーティスティック・ディレクターの岡村恵子学芸員(東京都写真美術館)に聞きました。

 

 

第13回恵比寿映像祭 アーティスティック・ディレクター 岡村恵子

 

大きな問いに立ち返ったテーマ

 展示は完全予約制に、トークについては「オンライン配信」になった今回の恵比寿映像祭。「映像祭は例年2月に開催され、会期が終了すると同時に、翌年の企画に着手するというサイクルでつくっています。前回の会期を終えたのはちょうど国内での感染が深刻化し始めた20202月。ときに少々抽象的なテーマになることもある恵比寿映像祭ですが、今回は刻々と変化する状況の中で、時代を巧みに切り取る先鋭的なテーマを選ぶのは至難の業だし、人々にはうまく響かないのではないかと思いました」。そのようななかで、岡村学芸員は恵比寿映像祭の根っこにある「映像とはなにか?」という問いに立ち返ったといいます。恵比寿映像祭がスタートした頃よりもずっと多様に、人々の日常に存在するようになった「映像」「動画」について、改めて捉え直すきっかけになるような映像祭にしようと、計画を進めることになりました。

 

当初から予想されたのは、海外作家が来日しないと成り立たないような内容にはできない、ということでした。「とはいえ、国際展でもあるので、国内作家ばかりというわけにはいきません。そこで行き着いたのが、海外の物故作家のものを含む歴史的な作品と、現代の作家による表現とを並べて提示するという方法です」。

 

 

左:エミール・コール《ファンタスマゴリー》1908年/東京都写真美術館蔵、右:松本力《宇宙登山》原画、2006年/作家蔵

 

恵比寿映像祭のメイン会場である東京都写真美術館の所蔵品の核の一つとして、動画技術の発展史をたどる映像装置や先駆的な映像作品があり、それらを活用することを考えたといいます。「例えばエミール・コールによる《ファンタスマゴリー》は、1908年につくられた、カートゥーン・アニメーションの原点と言える作品ですが、現代のアニメーション作品や商業アニメーション等にみられるアニメーション固有の表現言語が、既に100年以上前の作品のなかに凝縮されています。本展では、そうした映像コレクションの名品と、現代の作家である松本力のコマ撮りによる手描きアニメーションを含むミクストメディア・インスタレーション作品《宇宙登山》とを隣り合わせに配置しました。順に見ていただくことで、動画技術の始まりからあった原理が、現代においても活用され、日々新たな作品が、そうした歴史の上で生み出されていることに気づくのではないかと思います。」

 

 

松本力《宇宙登山》2006年/東京都写真美術館蔵 展示風景

 

「また、人の動きをそのまま二次元のキャラクターにトレースする「ロトスコープ」という技法は、気鋭のアニメーション作家シシヤマザキが、自身を投影したキャラクターを動かすために用いている技法ですが、これは発明者であるマックス・フライシャー1917年に特許を取得したものです。彼が1933年に制作したアニメーション《ベティ・ブープの白雪姫》のなかには、ロトスコープによって滑らかな動きを得たキャラクターが躍動しています。これらの作品を、同じ展示室に配置しました」。

 

左:マックス・フライシャー《ベティ・ブープの白雪姫》1933年/©Paramount Pictures、右:シシヤマザキ《とにかくなにかをはじめよう》2020年/作家蔵

 

  

シシヤマザキによるロトスコープの技法を用いた作品群

 

また、所蔵作品の活用という点では、初期の恵比寿映像祭への出展を機に収蔵した作品がいくつか再展示されました。先述の松本力の作品と、チャン・ヨンへ重工業によるロゴタイプ作品《ソウ ソウ ソウルフル》です。「映像の展覧会の本数が限られている当館では、なかなか出品の機会が少ないので、こうして皆さんにお見せできるのは喜ばしいことです」と岡村学芸員。

 

奥:ロゴタイプがリズミカルに動くチャン・ヨンへ重工業作品《ソウ ソウ ソウルフル》[英語版は作家蔵]2006年、手前:同じくテキストを用いたスタン・ヴァンダービークの《ポエム・フィールド No.2》1966年

 

 

コロナ禍での作品、作家の発見

海外作家の招聘は叶わなかったが、オンラインでやりとりを重ねて出展が実現した作家もいたそうです。「自分を含めスタッフの誰もが、物理的に足を運んでリサーチを行うことが困難な状況だったので、新規の作家や作品の情報はインターネット等で調べてアプローチしたり、詳しい機関や専門家にアクセスすることでも収集しました。地下の展示室に4つの作品を展開した3人組のユニットKeikenは、ドイツやイギリスを拠点に活動するコレクティヴで、インターネットで情報を得て最初はSNSでアプローチしました。直接会ったことは一度もありませんが、そこはさすが、VRARを駆使する作家たちです。会場の図面を送ると、3DCG化された展示室に作品の展示イメージを配置して戻してきたりして、遠隔ながら、リアリティのあるやりとりができました」と、困難を経て、新たに得られた経験も多いと語ります。

 

《拡張されたメークアップ フィルター》2020年 など、Keikenによる複数の作品を配置した展示空間他

 

さらに、コロナ禍において、フィルムアーカイブ等の機関の作品の扱い方にも変化があったと言います。「フィルム作品のデジタル化の流れは既にありましたが、これまではアクセスが難しかった作品を、オンラインで公開するアーカイヴや作家がさらに増えました。作品を借用して展示するとなればもちろん様々な手続きが必要でしたが、ジェームズ・ホイットニージョン・ホイットニーによる初期コンピューター・アニメーション作品を、私自身も見たことがなかった鮮明で高品質なデジタルリマスター版で展示できたことや、オスカー・フィッシンガーをはじめとする作家たちの初期モーショングラフィックス作品を上映プログラムに組み込むことができたのは、そういった変化があってのことでした」

 

左:ジェームズ・ホイットニー《Lapis》1966年/©The Artist and Whitney Editions™, Los Angeles, CA、右:ジョン・ホイットニー《Matrix Ⅲ》1972年/©The Artist and Whitney Editions™, Los Angeles, CA

  

 

そして、今回残念ながら中止となったオフサイト展示について尋ねました。「唯一のコミッションワークとして準備を進めていた、WOWによる大掛かりな屋外インスタレーション作品は、緊急事態宣言を受け展示を中止せざるを得ませんでした。今回のテーマや会場にあわせて、時間をかけて構築していただいた作品だったので、残念でなりません。その一方、日仏会館で展示した渡辺豪の作品《積み上げられた本》は、昨年4月の緊急事態宣言を受け、開始後一週間で休止となった別の展覧会で発表された作品を、再構成していただいたものです。今回諦めざるを得なかった作品にも、また別のかたちで発表の機会が巡ることを願います」と、恵比寿映像祭が逆に救いの場にもなった例を挙げてくれました。

 

渡辺豪《積み上げられた本》2019-20年

 

 

コロナ禍を経てさらに増加し続けている、数多の「映像」「動画」と呼ばれるコンテンツや番組、はたまたSNSにアップされる日常を切り取ったものまで、それらを私たちはどのように享受しているでしょうか。受動的に消費し続けるのはもったいないことなのかもしれません。「映像は言ってしまえば、ただの光の明滅の集合体でしかない。それなのに、私たちはその明滅に喜怒哀楽様々な感情を抱きます。それはなぜなのか? 気持ちを揺らしたり、高ぶらせたりするその仕組みを想像するためのヒントとして、映像作品の背景にある技術や歴史をわかりやすく提示できれば、この展示だけでなく、日常に目にする映像が宝の山になるのではないか。そんな思いを持って、作品をセレクト、配置しました」と岡村学芸員は語ります。

 

身近で手軽なものとなった「映像」「動画」というツールとコンテンツ。それらに新鮮な驚きを感じ、そこから湧き上がる感情の理由を知ることができたなら、日常のコミュニケーションすらも動画と化す今が、より豊かなものになることでしょう。「映像の気持ち」と題した今回の恵比寿映像祭は、新奇性に価値を置くのではなく、すでに私たちの周りにある「映像」「動画」の楽しみ方、面白がり方を改めて示唆してくれるものとなりました。

 

文:坂本のどか

展示風景写真:桧原勇太

 

 

◆第13回恵比寿映像祭「映像の気持ち」

Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2021: E-MOTION GRAPHICS

【開催日】202125日(金)~221日(日)

【場所】東京都写真美術館、日仏会館、地域連携各所ほか

URLhttps://www.yebizo.com/jp/