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いま、なぜ岡上淑子なのか? 繊細でいて刺激的なフォトコラージュ作品の魅力 〈東京都庭園美術館〉

  • 2019.03.11

《沈黙の奇蹟》©Okanoue Toshiko, 東京都写真美術館蔵

 

素材やものを組み合わせる作品技法「コラージュ」。そのなかでも写真を切り貼りした「フォトコラージュ」は、組み合わせにより誰もが考えつかなかったような作品ができることから、1920年代にシュルレアリストのマックス・エルンストらが好んで用いていました。しかし、世界の芸術界の流れとは全く別のところでフォトコラージュを始めた日本人女性がいたのです。

 

その名は岡上淑子(おかのうえ・としこ)。彼女が表立って活動した期間は1950年代のわずか7年弱のみでしたが、現在になりその先進的な作品が注目され、2019年1月26日(土)~4月7日(日)には、 東京都庭園美術館 で「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展が開催されています。彼女はなぜ、時代を超えて現在これほどまでに注目されているのでしょうか。

 

アール・デコ様式の東京都庭園美術館本館での展示風景 《幻想》©Okanoue Toshiko, 個人蔵

 

 

岡上淑子のココが凄い!

1928年に高知県に生まれ、東京で育った岡上淑子は、1941年に東洋永和女学校(現在の東洋英和女学院)に入学します。とはいうものの、未婚女子の勤労奉仕が義務化されるなど、多感な時期の彼女の周りには常に戦争がつきまとっていました。 戦争が終わり岡上は自由な雰囲気を謳歌しつつ、2つの学校に学び、1950年からは22歳で文化学院に再入学。「ちぎり絵」の授業で偶然みつけた女性の横顔の切れ端をおもしろいと思ったことから、誰にも教わることなくフォトコラージュ作品を作り始めました。

 

彼女が素材にしたのは、戦後連合国軍の置き土産として国内にあった『LIFE』や『VOGUE』『Harper’s BAZAAR』などのお気に入りの古い洋雑誌。これらを使った岡上の作品は、旧友の若山浅香(後の音楽家・武満徹夫人)から武満徹を経由し、芸術家で美術批評家でもあった瀧口修造の知る所となります。瀧口は岡上の作品を高く評価し、展覧会をプロデュース。岡上は専門的な美術教育などは受けていないにもかかわらず、多くの人々から注目を集めるようになったのです。

 

けれども、岡上は1957年に結婚、その後高知へ転居し美術作品を公に発表することはほとんどなくなってしまいました。それでも彼女は日本画や詩作などにいそしみ、創作活動を止めることがなかったといいます。当時の最先端の表現技法で作られた写真を大胆に切り取り、エレガンスに再構成する岡上の作品は、制作から50年以上経過した現在でも非常に斬新で、2000年代から再び注目が集まっていました。

 

今回の展覧会の開催も、東京都庭園美術館の神保京子学芸員の10年来の熱意によるもの。「今回の展覧会では、岡上が実際にコラージュの素材としてどのような雑誌を活用したのか、写真内容からほぼ全て特定しその雑誌の一部も展示しています。彼女のイメージの源泉も含めて楽しんでいただきたいです」とのこと。岡上の作品だけではなく、彼女を魅了した50年代のドレスなども展示され、当時の雰囲気についても触れることができます。

 

 

担当学芸員が語る、岡上淑子作品の魅力

現在も高知で暮らす岡上淑子さんとも懇意にし、今回の展覧会を企画・開催するに至った神保京子学芸員に、岡上作品の素晴らしい点を、作品とともに解説してもらいました。

 

《夜間訪問》©Okanoue Toshiko, 東京国立近代美術館蔵

 

神保 : 『夜間訪問』は、展覧会のメインビジュアルにもなっている作品です。扇と人間の大きさの比率や全体のメリハリ、コントラストや、コラージュの構成などすべてが絶妙な作品。いまだったらコンピューターを使えば、写真を縮めたり伸ばしたりすることは容易ですが、雑誌の写真だけでここまで構成された作品は素晴らしい。また、岡上は非常に器用で、作品を近くで見ても貼りつけた写真の境目がわからないのです。非常にきれいに切り取り、貼り付けているのですね。

 

 

《廃墟の旋律》 ©Okanoue Toshiko, 東京都写真美術館蔵

 

神保 : 岡上は戦時中、代々木上原に暮らしていたのですが、1945年の5月に空襲で焼き尽くされた渋谷の風景を道玄坂から見下ろし、その風景が強く心に残ったそうです。岡上がフォトコラージュの素材にしていた『LIFE』誌には、当時、世界各国の戦争を報道する写真や、核兵器や水爆実験の連載が掲載されており、彼女は自身の体験を投影した作品としています。『廃墟の旋律』は、当時の最先端の服を身にまとった女性と、荒涼とした土地とのコラージュが生み出した、独特の美になっています。

 

 

《海のレダ》 ©Okanoue Toshiko, 個人蔵

 

神保 : 『海のレダ』は、岡上が一番気に入っているという作品です。戦後の自由な空気を生きる女性をモチーフにしながらも、悩みを抱えている女性のその悲しみを表現したかったそうです。コラージュ作品は華やかだったり、コケティッシュだったり、さまざまな印象を与えますが、見る人にとっては気分を癒やすような表現もある。一つの作品のなかに何重もの意味や構造が込められているんですね。

 

 

建物との調和も合わせて楽しんでみて

アール・デコ様式の旧朝香宮邸(東京都庭園美術館本館)が竣工したのは1937年。1924年に生まれたシュルレアリスムが支持を受け、その運動がピークになった時期とちょうど重なっています。そのため、岡上の作品の重厚で幻想的な雰囲気は、美術館の建物との非常によいハーモニーを奏でています。「《幻想》のように、当時のインテリア写真にコラージュを施した作品もあります。その作品と本館や新館との雰囲気などを見比べるのも楽しいですよ」と神保学芸員。

 

また、岡上のコラージュ作品だけでなく、詩篇やスケッチ、関連資料、京都服飾文化研究財団が所蔵する1950年代のドレスなども展示されています。さまざまな角度から岡上淑子の世界に触れることができる展覧会です。

 

ライトアップが幻想的な、桜の季節の夜間開館

 

さらにうれしいイベントがもうひとつ。東京都庭園美術館は、桜の開花時期にあわせて3月29日(金)、30日(土)、4月5日(金)、6日(土)は、20:00までの夜間開館を実施します。ドラマティックな春の夜を庭園美術館でぜひお楽しみください。

 

 

  岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟 開催概要

会期 : 2019年1月26日(土)~4月7日(日)〈第2・第4水曜日 休館〉
時間 : 10:00 ~ 18:00(入館は閉館の30分前まで)
   ※桜の季節の夜間開館:3/29、3/30、4/5、4/6は20:00まで開館(入館は19:30まで)
会場 東京都庭園美術館
URL www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190126-0407_okanoue.html

 

文:浦島 茂世