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東京都歴史文化財団の、中の人 Vol. 3 アーツカウンシル東京 TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト担当の仕事[前編]

左から福井久美子さん、田口充奈子さん、小林愛恵さん。江戸東京たてもの園の銭湯「子宝湯」の3Dデータを背景に
左から福井久美子さん、田口充奈子さん、小林愛恵さん。江戸東京たてもの園の銭湯「子宝湯」の3Dデータを背景に
都立の美術館・博物館・劇場・ホール等の文化施設の運営や、アーツカウンシル東京の各種事業を通じて芸術文化振興に取り組む東京都歴史文化財団。そこで働く「中の人」たちに焦点を当て、仕事やひとを紹介するシリーズです。第3回は、アーツカウンシル東京 活動支援部 デジタルクリエイティブ推進課でTOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト(以下、スマカル)を担当する3名、福井久美子(ふくい・くみこ)さん、小林愛恵(こばやし・まなえ)さん、田口充奈子(たぐち・みなこ)さんです。前編は3人の座談会をお届けします。各館との連携や今後の展望などを聞きました。
※部署名と肩書は取材当時のもの

各館と協働し、デジタルアーカイブとその利活用を促進

デジタルクリエイティブ推進課は、アーツカウンシル東京に2023年度に立ち上がった部署。3名は同部署でTOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト、通称“スマカル”を担当しています。スマカルとは、財団が運営する都立文化施設のデジタル環境のインフラ整備や、収蔵品や貴重資料についてデジタル化や利活用を推進したり、文化資源とテクノロジーを融合させるプロジェクト。デジタルアーカイブの取り組みは各館でこれまでにも進められていましたが、各館と協働し新たな視点からデジタル活用の取り組みを促進させ、「誰もが、いつでも、どこでも、芸術文化を楽しめる環境」を創出するのがスマカル担当のお仕事です。

5年間で約37万点のデジタルデータを公開予定

――デジタルアーカイブの利活用と、その手前のデジタル化の業務、両方を担われているのですね。
福井久美子(以下、福井):そうですね。デジタル化については、デジタルクリエイティブ推進課発足前から財団各館が計画した目標があり、2025年度までに、美術館・博物館6館が所蔵する約37万点のデジタルデータを全面公開予定です。江戸東京博物館、江戸東京たてもの園、東京都写真美術館、東京都現代美術館、東京都庭園美術館、東京都美術館と、館ごとにさまざまな資料があり、収蔵品のデジタル化は各館と取り組んでいる重点プロジェクトです。
田口充奈子(以下、田口):ちなみに、私が担当している東京芸術劇場や東京文化会館が所有する貴重資料のデジタルアーカイブは新たな取り組みとなります。開館当時の資料や広報誌、チラシやプログラムなど膨大な資料がありますが、美術館・博物館の収蔵品とは違い、それらはかつてアーカイブ化を進める対象資料として残すべきものとは思われていなかった資料です。東京文化会館を始めとする財団内の劇場・ホールでも貴重資料のデジタル化をスタートしたことで芸劇の担当者から「一時休館中の今、ぜひ一緒に取り組んでほしい」とお声かけいただいてスタートしました。

各館の要望を汲み取り、具体化する

――各館とのプロジェクトについては、どのように連携し進められているのでしょうか。
小林愛恵(以下、小林):基本的には、各館から汲み取った要望をもとに、具体的な提案をこちらからしていく流れです。互いに納得のいくプロジェクトにするため、相談や説得を重ねます。館側もとても協力的に関わってくださっていますが、人手はどこも足りません。何の役に立つのか、人を割く意味があるのか、そのジャッジはかなりシビアです。
――何の役に立つのか。問われるとドキッとしてしまいますが、どのように説得されるのですか。

小林:「Meta Bath(メタバス)~デジタルで見る東京型銭湯~」の場合は、オンラインで見せることによって、物理的な距離を越えられることに意味があります。私自身、江戸東京たてもの園で学芸員をしていた時に銭湯をテーマに企画した展覧会「特別展 ぬくもりと希望の空間~大銭湯展」が、コロナ禍で予定通りには開けられずもどかしい思いをしました。これまでも360°カメラの画像や動画公開などを実施していましたが、「もっと見てほしいところ、あるじゃないですか」と口説きましたね(笑)。Meta Bathは天井から見下ろしたアングルなど、デジタルでしか見られない景色もたくさんあって、実物を見慣れている人にも新たな発見があると思います。

Meta Bath(メタバス)~デジタルで見る東京型銭湯~
田口:東京文化会館の音楽資料室と進めているLPレコード目録のデジタル化は、館から具体的に要望があったパターンです。目録をデジタル化し、OPAC(オンライン蔵書目録検索システム)で検索可能にすることで、一般にも資料の所在を示すことができます。昔ながらの紙のカード目録を元に、約4万件弱をデータ化し公開予定です。
福井:ひとつの館と複数のプロジェクトを進めている場合もあります。東京文化会館とは、来年度開催される東京2025デフリンピックに向けて、新たな音楽鑑賞の体験を提供するプログラムも進行中です。音を視覚情報に変換し、ろう者・難聴者の方も楽しんでいただけるもので、コンサートのアクセシビリティを高めるプロジェクトです。デジタル技術を通して社会課題に向き合うことは、私たちにとって大きな挑戦です。アーカイブとはまた異なるアプローチですが、スマカルが目指す環境づくりのひとつだと思っています。今年度はそのステップとして、コンサートのオンライン配信にも取り組みました。

すべての館と仕事をするチーム

――それぞれ異なる経歴をお持ちですが、スマカル担当の仕事はどんな方に向いていると思いますか。
田口:音楽や美術など芸術文化に関するさまざまな資料を横断的に扱えるので、資料好きな方にはピッタリだと思います。私たちも「資料に携われていたらそれで幸せ」というところがあります。
福井:デジタルテクノロジーが好きな方も楽しんで働けると思います。新しい技術に興味を持って、積極的にヒアリングやリサーチを重ねられることが大事です。
小林:このチームに入ると、財団が管理運営するすべての館と仕事をすることになるので、全体を俯瞰して見ることができます。「Tokyo Museum Collection (ToMuCo、トムコ)東京都立博物館・美術館収蔵品検索サイト」[1]にしても、館に所属しているときには“自館データベースの行き先?”程度の認識でしたが、ここに来て、各館データベースとの連携の仕組みや意図を理解し、今後の可能性を模索するようになりました。個人的には、財団内の人にも各館や他部署と協働できるチームとしてもっと知ってほしい。気軽に相談してもらえたら嬉しいです。

[1] Tokyo Museum Collection(ToMuCo)は、都立ミュージアム(江戸東京博物館、東京都写真美術館、東京都現代美術館、東京都庭園美術館、東京都美術館、江戸東京たてもの園)が収蔵する資料・作品を、横断的に検索できるデータベース。
https://museumcollection.tokyo/

左から福井久美子さん、田口充奈子さん、小林愛恵さん
左から福井久美子さん、田口充奈子さん、小林愛恵さん

時空間や言語の壁を越え、社会課題に取り組む

――組織や館を横につないでいく、重要な役割を担っているのですね。最後に、デジタルの活用を通して目指したい、今後の展望を伺えますか。
小林:地理的・時間的なハードルによって文化資源にたどり着けないという問題は、デジタルの利活用によって解消できることが多いと思っています。所在地に行かなくても、好きな場所から満足するまで、見たり聞いたり調査したりすることができる。そうなるといいですし、なってきていると思います。

田口:「たてもの園ナビ[2]」を通して感じていることですが、海外からの来場者も多く、そういった方は皆さん建築について詳しく知りたがっているのです。デジタル化、多言語化によってそのニーズに応えられたらと思っています。アクセス数や履歴を見ることができるのもデジタルの利点です。フィードバックを受けてよりよいものにしていきたいです。

福井:音楽鑑賞サポートプログラムなどを通して、デジタルテクノロジーで社会課題に取り組むことの可能性も見えてきました。対象者を明確にすることで、デジタルのメリットもより明確に見えてくる気がします。スマカルならではのアプローチで社会課題に取り組んで、そこから新しい作品なども生まれたら嬉しいですね。

[2] 「たてもの園ナビ」は江戸東京たてもの園を地図と解説で案内するウェブアプリ。園内ではAR機能を活用した解説もお楽しみいただけます。

後編につづく)

取材・文:坂本のどか 撮影:畠中彩