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良寛の精神世界を体感する 「踊り部 田中泯『外は、良寛。』」〈東京芸術劇場〉

  • 2023.01.23
芸劇dance 踊り部 田中泯 「外は、良寛。」 東京芸術劇場プレイハウス 2022年12月16日~18日  撮影:平間至

「三千大千世界(みちおほち)の淡雪の中で舞う良寛」-無常を見つめ、超越的な人生観を貫いた江戸時代の禅僧であり歌人、書家であった良寛を、編集工学者の松岡正剛が独創的なイメージで論考した『外は、良寛。』。この名著に触発されたダンサー田中泯が「踊り部」として、このただならない良寛にアプローチした「踊り部 田中泯 『外は、良寛。』」20221216日~18日、東京芸術劇場にて上演されました。

本作には、現代美術作家の杉本博司も参画。それぞれの表現を極めてきた三人が、絶妙なコラボレーションで良寛の精神世界を表象した、画期的な舞台の模様をリポートします。

取材・文:高橋彩子

3人の巨人が知と美学を結集

2022年暮れに東京芸術劇場で上演された「踊り部 田中泯『外は、良寛。』」は、「身体言語 田中泯」「言語空間 松岡正剛」「空間透影 杉本博司」と、3人の巨人が知と美学を持ち寄った公演でした。

原作は松岡正剛の同名の著書『外は、良寛』。良寛を通して著者自身の世界観が浮かび上がるような本です。その文庫本あとがきおよび公演パンフレットによれば、田中泯が本書を読み返し、「『一個の踊り部』として舞いたい」と松岡に連絡をしたことから、今回の公演は実現したといいます。いずれも70代の3人が作曲・三味線・唄の本條秀太郎、帯匠の山口源兵衛と共に具現化した舞台は、74歳まで生きた良寛の精神世界を体感するものとなりました。

左から、田中泯(ダンサー)、松岡正剛(著述家・編集者)、杉本博司(現代美術作家)   photo : Madada Inc.(田中)、TABLE ENSEMBLE(松岡)、Masatomo Moriyama(杉本)
立ち現れる “良寛の宇宙”

冒頭、「おい、どこいった」「知らねえよ」などと口々に言いながら黒衣の男たち(緒形敦、甫木元空、三嶋健太)が客席に現れ、抱きかかえてきた赤い着物の女(石原淋)を客席通路におろして去っていきます。

鳥の声。女はゆっくりと舞台へと向かっていき、上手のデッキに寝そべります。舞台奥にはスクリーン。スクリーンの下方で黒衣の男たちが動くと、良寛筆の和歌「あきのひに」の文字が浮かび上がります。

「秋の日に光りかがやくすすきの穂 これのお庭に立たして見れば この人や背中に踊りできるかな」。良寛の独特の筆による「踊り」の文字は、その後に歌われる「舞いらんか 踊らんか」などの言葉とともに、踊り部を名乗る田中泯と良寛とを接続します。

舞台に浮かび上がる良寛筆の和歌「あきのひに」  撮影:平間至

やがて良寛の文字が消えると、浮かび上がるのは杉本博司の「海景」シリーズの写真。その景色は今回の舞台では、松岡が言うところの「良寛の北方性」と相まって、冴え冴えとした北の海にも荒涼たる雪原にも見えてきます。舞台奥には一本の綱が深い奈落へとまっすぐ落ちている。時折、下方から揺すられる綱。その下は地中なのか海なのか。

舞台奥に現れる杉本博司の写真作品「海景」シリーズ  撮影:後藤敦司
撮影:平間至
撮影:平間至

ほどなく、淋しげな三味線の音と共に、田中の良寛が、ライトを持つ男に照らされて現れます。女と良寛は一瞬向き合うがすっと離れる。女と良寛の関わりはその後も断続的に続いていきます。ある時は謎めき、またある時は帯紐で作った縄跳びに興じるなど楽しげに。女の正体は不明ですが、良寛が交流を持った重要な女性として維馨尼(いきょうに)、貞心尼(ていしんに)が知られており、特に貞心尼は良寛の40歳下ながら良寛に憧れ、「恋」の字の入った和歌すら詠み合い、彼の最期を看取った人物です。赤い着物の女は、良寛の心に明かりを灯した女性の象徴と考えられそうです。

謎めいた女を演じるのは、田中泯の唯一無二の「弟子」である石原淋   撮影:後藤敦司
撮影:平間至

途中、奈落から骨組みだけの立方体が幾つも浮かび上がり、家の形をなします。初めはその外を彷徨うも、女と家に入る良寛。スクリーンには、ふりしきる雪の映像が映し出されます。本條秀太郎の音楽と共に流れる「鳶はとび雀はすずめ鷺はさぎ 烏はからすなにかあやしき」は、互いを烏と呼びあった良寛と貞心尼の睦まじい様子がうかがえる貞心尼の歌。他にも劇中、「一、二、三」と数えていくひふみ歌のようなものが流れますが、これまた良寛が好んで詩や歌に歌い、貞心尼が初めて良寛に送った歌の返歌にもなっているものです。

3人の男(緒形敦・甫木元空・三嶋健太)と戯れるように、様々な姿を見せる田中泯  撮影:平間至
撮影:平間至
撮影:平間至

本作において女が不変の姿で良寛の前に現れるのに対して、3人の男たちは折々で童、あるいは動物……と印象を変えて現れます。彼らと戯れたり、がっくりと膝を落としたり、鞠つきのような仕草をしたり、旗を渡されて「いろはにほへと」を書いたりと、様々な姿を見せる田中。

ここには、良寛の老境と孤独、松岡が良寛を分析して使った「フラジリティ」と「翁童性」が見え隠れします。それは時に狂気じみた迫力をもって観る者に迫ってくるのです。それは常人には、魅了されることはあっても、なかなか容易には理解しづらい様子でしょう。しかし、田中が合間に音読する松岡のテキストが、理解を助けてくれます。そこに記されているのは、良寛の生活、書、女性、「北」の人間であることと切り離せないその北方性……。

撮影:平間至

そして話は、「真の極北」こと、良寛の死へと向かいます。演歌「好きになった人」と共に舞う田中。その舞は軽やかで、死に向かいつつ生を愛する切なさ、愛おしさを感じさせます。恋を語る歌詞は、貞心尼の感情を表しているのか。あるいはその感情は、貞心尼であり、かつ良寛であるのか。曲が終わると座り込み、田中は白い衣一枚になります。

音楽に乗せて流れてくるのは、「淡雪の中に立ちたる三千大千世界 またその中に泡雪ぞふる」。良寛が詠み、松岡正剛の良寛分析の核ともなる歌です。ことここに至って、断片的に紡がれてきた良寛のイメージは雪のイメージと重なり、田中の踊りの内外に横溢します。「外は良寛! 良寛だらけだ!!」と、原著の結びと同じ言葉を叫ぶと後ろを向き、舞台奥の海原へ飛び出す田中。どどどっと黒衣の男たちが駆け込んできて、暗転。この鮮やかな幕切れの刹那、「良寛」は舞台から客席へと手渡されたのです。

撮影:平間至
撮影:平間至
芸劇dance  踊り部 田中泯 「外は、良寛。」

会期:2022年12月16日 (金) ~12月18日 (日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場/東京都
制作協力:Madada Inc. 株式会社松岡正剛事務所
企画制作:東京芸術劇場
https://www.geigeki.jp/performance/theater326/