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「エル・システマ・フェスティバル2018 ガラコンサート」(12/1開催)直前レポート② 東京ホワイトハンドコーラスの講師の皆さんにインタビュー!〈東京芸術劇場〉

講師の皆さん―左から𡈽野(つちの)研治さん、コロンえりかさん、井崎哲也さん。

 

ろうの子どもたちからなる“サイン隊”と、盲の子どもたちからなる“声隊”が力を合わせて音楽を表現する「東京ホワイトハンドコーラス」 。
障害の種類や程度がそれぞれ違う子どもたちが互いに交流し、助け合う中で、多様性をポジティブに受け入れる共生社会を実現するというビジョンがそこにはあります。
2018年12月1日(土)に東京芸術劇場で開催される「エル・システマ・フェスティバル2018 ガラコンサート」に向けた練習を取材した[直前レポート①]に続き、今回は子どもたちを指導者しているソプラノ歌手のコロンえりかさん、日本ろう者劇団の井崎哲也さん、音楽療法士で声楽家の𡈽野(つちの)研治さんへのインタビューをお届けします。

 

 

「エル・システマ・フェスティバル2018 ガラコンサート」とは?

——まず12月1日(土)開催のコンサートの構成を教えていただけますか。

 

コロンえりか 2部構成で、まず第1部は相馬(福島県)と大槌(岩手県)と駒ヶ根(長野県)の子どもオーケストラによる演奏です。特に相馬と大槌町のオーケストラは2011年の東日本大震災をきっかけに始まったエル・システマジャパンの根幹にあたる活動。この相馬と大槌町の子どもたちは6年間楽器を練習してきて、中にはベルリンフィルと演奏した子もいますし、音楽をやることによって新しい経験を積み重ねてきた子どもたちです。駒ヶ根のオーケストラは去年始まったばかりで今回がデビュー公演になります。そして第2部に、東京ホワイトハンドコーラスが出演します。昨年のコンサートにも出演したベネズエラのホワイトハンドコーラスのグループ、ララ・ソモスのステージもあります。ララ・ソモスはヴォーカルアンサンブルで目の見えない人や自閉症の人たちもいます。声と楽器のステージですね。

 

——東京ホワイトハンドコーラスはどんな曲を?

 

コロンえりか 日本語の「ふるさとの空」「エーデルワイス」の2曲と、他にララ・ソモスと一緒に、スペイン語の曲などを3曲ほど予定しています。

 

えりか先生が休憩時間に配った「アレパ」というおやつは、練習していたベネズエラの曲に出てくるもの。子どもたちに歌詞のイメージを伝えるために五感で体験してもらうことも大事だという。

 

——練習風景を拝見して、スペイン語の曲や、表現するときの動きの早さなど、レッスン内容が難しいことに驚きました。

 

井崎哲也 昨年、スペイン語の曲をやることになった時、ろうの子どもたちには無理なんじゃないかと僕も思っていたんです。でもちゃんとできてびっくりしましたし、今年も練習をする中で、「できる」と実感しています。

 

——練習はどのようなプログラムで行っているんですか。

 

コロンえりか “サイン隊”は2月に練習が始まってから今まで、ほとんどの時間を日本語の曲に費やしてきました。“サイン隊”は手と身体全体を使った「手歌」[*1]で表現しますが、歌詞の持つ深い部分を読み取って、子どもが「手歌」でどう表現したいかをまず手話で話し合い、表現(振り付け)を作り上げていきます。その案を練るのにすごく時間をかけていますね。
注釈[ *1]手歌(しゅか):歌の世界を手の動きで表現するパフォーマンス。発声の難しい子どもたちは白い手袋をはめて手歌で音楽に参加する。

 

——歌詞に合わせて子どもたち自身も表現を考えるわけですね?

 

井崎哲也 はい。表現方法がいくつかある中で、どんなイメージを持っているのかを聞いて、子どもたちがいいと思う動きを取り入れて表現を決めています。

 

——今日練習していたスペイン語の曲の表現も?

 

コロンえりか スペイン語の曲では、ベネズエラの人たちが考えて作ってくれた「手歌」の表現を子どもたちに教えました。“サイン隊”の子どもたちは、昨年のコンサートでベネズエラの曲に挑戦したのですが、全く違う言語、全く違う文化でも、音楽を一緒に表現することで、世界が一瞬で繋がることを経験したんです。それから子どもたちに「今年も絶対にベネズエラの曲をやりたい!」とリクエストされて。

 

井崎哲也 昨年よりさらにレベルが高いんじゃないですかね。

 

コロンえりか 子どもたちが速い曲をやりたいと。ですから私もベネズエラの方にとにかく速い曲をと(笑)、リクエストして作ってもらいました。びっくりするくらい早口言葉の曲ですが、子どもの方が覚えるのは早いですね。

 

 

それぞれが得意なことで、自分の役割と責任を学んでほしい

——指導する際はどんなことに気をつけていますか?

 

𡈽野研治 私は“声隊”を指導していますが、声は身体が楽器なので、自分の身体を意識してもらうようにしています。特に、盲の子どもたちは空間がはっきり見えるわけではないので、姿勢が前傾になりがちですので。あとは「声を出してもいいんだ。表現していいんだ」と、自己肯定できる場を作ること。それから舌や唇をうまく使って声を届けるということですね。自分のために歌うのではなく、誰かに届けるために歌うということを意識してもらっています。

 

“声隊”には姿勢を意識してもらっているという𡈽野先生。子どもたちのご家族からは「家でも姿勢が良くなりました」という声もあるそう。

 

コロンえりか 日本語の曲だと、かなり自信をもって歌えるところまで𡈽野先生が指導してくださってるので、声量もすごいんです。

 

𡈽野研治 何回かやって慣れてきたんですよね。余裕ができて、休み時間に替え歌を作ったり、遊べるようにもなりました。ただ、もう少し基礎的な練習にも時間がほしいです。今日は僕が録音した曲の音源を渡して、家で勉強してくださいと伝えました。やはり家でも練習しないと足りないですよね。

 

コロンえりか そうですね。“サイン隊”も同じで、私が動きを表現した映像を子どもたちに送っているので、電車の中などでも見てくれているようです。

 

——なるほど。指導を通して、子どもたちにどんなことを学んでほしいですか。

 

コロンえりか  一番根底にあるのは、みんなが楽しく、ここが自分の居場所だと感じてもらえること。もう一つは、自分が本当に必要とされていて、自分に役割があって、責任もある、ということをわかってもらうこと。それぞれ得意なことがあるんです。例えば、音が聞こえる子には、しっかり出だしの音を聞いてみんなをリードしてほしいとか、口話ができる子には他の人たちのコミュニケーションの架け橋として頑張ってほしいとか。何人かの子どもたちにはすでに個別の目標として役割をお願いしています。それぞれの役割をどこまで活かして全体を引き上げていけるかというのが、指導する側の大きなチャレンジですね。

 

 

手話と「手歌」の素晴らしさを表現するために、練習してもっと磨いていってほしい、と井崎先生。

 

井崎哲也 僕は、ろうの子どもたちが手話の素晴らしさ、「手歌」の素晴らしさをそれぞれ理解して、自分の考えで「手歌」を表現できる力を持つところまで引き上げていきたいと思っています。

 

 

東京ホワイトハンドコーラスが目指すもの

——東京ホワイトハンドコーラスとしては、どんな目標を掲げているのでしょうか。

 

コロンえりか 元々エル・システマで目指しているのは、全ての人が共生する社会です。日本では異なる障害を持つ子ども同士が出会う機会がなかなかないんですよね。でも耳の聞こえない人たちから生まれた手話という素晴らしい言語を持っていて、見えない音楽を見える形にすることができるし、目の見えない子を手引きしてあげることもできる。それぞれ自分ができることで、お互いを受け入れ、助け合える社会を作るのが、人間の一つの理想の姿ではないかと。そういう活動を目指しています。

 

講師の皆さんも互いに信頼し合っていることがお話ぶりから伝わってきます。

 

井崎哲也 コロンさんのおっしゃる通り。私がろう学校にいた頃は、他の障害を持つ人との交流はあまりできない状況だったので、きっかけを作ってほしいと思っていたんです。今回のように一緒に音楽をやるという目的があるのは素晴らしいことですし、交流を深めていけるといいと思います。私は小さい頃、先生が厳しくて音楽が嫌いだったので(笑)、子どもたちが楽しそうなことにびっくりしましたし、素晴らしい影響を与えてくれているんだなと嬉しく思っています。ろうと盲の子どもが一緒にやることで、相乗効果もあるのだと思います。

 

——実際、ろうの子と盲の子同士がバディ(互いに助け合うパートナー)を組む形での交流もされていますね。

 

コロンえりか バディを作ったのは一体感を保つためでした。全体と全体の付き合いではなく、一対一で、相手の子がどんな子かというのがわからないと、お互いが感じられないと思ったんです。“サイン隊”の子はバディが歌っている声を、声としては聞こえないかもしれないですが、お友達が前に立って歌っている表情を見て「すごくきれいな声で歌っていると思った」って言うんです。誰か一人、顔が見える人がいるというのが大事なのかなと。今では十人十色の接し方があるみたいです。

 

𡈽野研治 それぞれコミュニケーションの仕方ができている感じですよね。

 

“サイン隊”の象徴でもある白い手袋。テレビ番組『和風総本家』の企画で、香川県の「江本手袋」の職人さんが大正時代に使っていた型で手作りしてくれた特別なものだそう

 

——最後に、12月1日のコンサートではどんなことを期待していますか。

 

𡈽野研治 “声隊”は初めての公演ですし、身体を通して経験してもらいたいと思います。ここに自分が存在しているんだ、ということをステージで感じてもらいたいです。

 

コロンえりか ろうや盲、発達障害や健常の子どもたちが一緒にどんなことができるのか、想像がつかない人や思い込みを持っている大人は多いと思うんです。それをコンサートで子どもたちが取り払ってくれるのではないかと期待しています。

 

井崎哲也 堂々としたステージを見せたいと思います。ろうだから無理だとか、先入観を取り崩していきたいです。その機会を与えてもらえたことを嬉しく思いますし、アピールできる機会になると思っています。

 

 

 

【講師プロフィール】

 


コロンえりか
ベネズエラ生まれ。聖心女子大学・大学院で教育学を学んだ後、英国王立音楽院、声楽科修士課程を優秀賞で卒業。同年ウィグモアホールデビュー。モーツァルト・フェスティバル(ブリュッセル)、宗教音楽祭(フィレンツェ)、日英国交150年記念メサイア(ロンドン)でソリストを務めるなどヨーロッパと日本を中心に国際的に活躍するソプラノ歌手。これまでパリ・オペラ座メンバー、国内の主要オーケストラはじめ、キリ・テ・カナワ、ジョーン・バエズなどと共演。代表曲は父エリック・コロンが平和への願いを込めて作曲した「被爆マリアに捧げる賛歌」でCD出版されている。聖心女子大学在学中は「聴覚障害の子どもと音楽」について研究し、ワークショップを行ったり、コンサートで共演するなど長年関心をもって取り組んでいる。現在4児の母。

 

 

 


井崎哲也
佐賀県出身、東京教育大学附属聾学校卒業。1979年、日本/東京パントマイム研究所でパントマイムを習い、1980年には「東京ろう演劇サークル」(1981年に「日本ろう者劇団」に改称)の設立に参加する。1982年よりアメリカ合衆国のプロろう者劇団「ナショナルシアター・オブ・デフ」のメンバーとして1年半参加した後、日本ろう者劇団に復帰する。日本ろう者劇団の代表代行を務めている。なお、NHK教育テレビジョンの手話講座番組『NHKみんなの手話』に、講師として出演していた他、1995年日本テレビのドラマ『星の金貨』の手話指導をも手がけた。2009年の映画『ゆずり葉-君もまた次のきみへ-』には、ろうあ連盟の大川事務局長役で出演している。(社福)トット基金 日本ろう者劇団顧問、トット手話教室講師。

 

 

 

𡈽野研治
東京都出身。NHK東京放送児童合唱団第13期生に在籍し放送やレコーディングに参加。1978年国立音楽大学声楽科卒業。NHK洋楽オ-ディション(1981年)、日本演奏連盟新人オ-ディション(1984年)に合格。東京(ルーテル市谷センター、音楽の友ホール)、京都(清水寺円通殿大講堂)などで独唱会を行っている。1978年から埼玉県内の特別支援学校に勤務し音楽療法の実践研究を行う。その業績に対して、第2回音楽教育振興賞、埼玉県教育委員会教育長表彰、下總晥一音楽賞を受賞。 2009年にスカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の助成により「日瑞音楽交流プロジェクト」を設立し、東京(2009年・2013年)、マルメ、ナッカ(2010年)などでコンサートおよび音楽療法士との交流を行った。現在、日本大学芸術学部教授、平成音楽大学客員教授、日本音楽療法学会副理事長、日本芸術療法学理事、日本演奏連盟会員、日本仏教看護ビハーラ学会会員。著書に「心ひらくピアノ~自閉症児と音楽療法士との14年」「障害児の音楽療法-声・身体・コミュニケーション」(春秋社)がある。

 

文:田辺 香