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東京都・葛飾区芸術文化連携事業−川村亘平斎 影絵ワークショップ「かわにうつる このかげはなに?」

事業リポート

2023年度にスタートし、今年で4年目を迎える『東京都・区市町村連携事業』。区市町村が抱える潜在的な課題やニーズに対し、文化的な視点からアプローチするきっかけをつくるプロジェクトとして東京都と自治体が協働してきました。地域のさまざまな場面で芸術文化が生かされることを目指し、文化事業の担い手となる区市町村の新たな取り組みを後押しする本事業では、地域住民にとって身近な場所で文化事業を展開することで、芸術文化に気軽に触れられる機会をつくっています。

2026年度の取り組みの一つである『東京都・葛飾区芸術文化連携事業』は、「葛飾区の子供たちに、小さい頃から芸術文化に触れる機会をもっとつくりたい」という区担当者の想いからスタートしました。影絵師・音楽家の川村亘平斎さんを交えて企画打ち合わせやフィールドリサーチを重ね、夏休み期間に小・中学生を対象とした影絵ワークショップを実施。葛飾区内3か所(青戸地区センター、新小岩地区センター、柴又学び交流館)で各1日ずつ行われたワークショップには、3日間で総勢27人の子供たちが参加しました。

今回のテーマは、葛飾区の暮らしと深い関わりを持つ「水」。まちの歴史や地形を知り、フィールドワークで自然に触れ、そこで得た発見や気づきから想像を膨らませていく——。そうした経験を通して制作する「影絵人形」を通して、新しい表現を生み出していった子供たちの柴又学び交流館での1日をレポートします。

川村亘平斎さんによる影絵パフォーマンス

葛飾区ってどんなまち?川や水から紐解いてみよう – レクチャー

ワークショップは午前中にレクチャーとリサーチを行い、その内容を受けて午後に制作・発表に取り組む流れで進みます。柴又で行われたワークショップに参加したのは、柴又エリア近郊に在住の小学生9名。子供たちは制作に向けて、どんなものをつくるか考えるヒントを探すために、まずは葛飾区のことをどれだけ知っているか、葛飾区ってどんな場所なのかを調べてみることから始めました。

子供たちの前に大きな地図を広げてレクチャーを行うのは、葛飾生まれ、葛飾育ちの考古学者で、葛飾の歴史や文化に詳しい葛飾区 元学芸員の谷口榮さん。

谷口さん
「こうして地図を見ると、葛飾区は川に囲まれていて、海にも近いことがわかるね。普段は見えないけれど、私たちの暮らしている地面の下には、近くを流れる江戸川の水が土に染み出して良質な地下水がたくさん溜まっているんだ。葛飾区の暮らしは、こうした地下水を井戸水として汲み上げることで支えられてきたんだよ」
葛飾区の地図を使って、谷口さんと一緒に川や井戸を探す子供たち

井戸水は、飲み水や手を洗う水としてだけではなく、台所で、畑で、銭湯でと生活のさまざまな場面で活用されてきました。災害時など電気や水道が止まってしまったときに手動で汲み上げて使うことができる点で、水道が普及した現在でも必要なライフラインの一つといえます。葛飾区内には現役で使われている井戸が50か所以上あるそう。葛飾区と水の深い関わりを知った子供たちは、実際に井戸がどんなものか、井戸から出てくる水はどんな感じなのかを体感するために、フィールドワークに出かけました。

井戸の水を触ってみよう – フィールドワーク

「自分の目でよく見て、よく聞いて、よく考えましょう」という川村さんの言葉を胸に、畑にある井戸に到着した子供たち。農家を営む齊藤さんが5年前に掘った防災兼用農業用井戸は、普段は畑のための水として活用するほか、災害時には生活用水としても活用できる水なのだそう。

齊藤さん
「この井戸の水は、地面から47メートル下に溜まっている地下水を汲み上げているんだよ」
子供たち
「おうちの水より冷たいね」「すごい勢いで出てくる!」
齊藤さん(中央)の話を聞く子供たち
手漕ぎポンプで井戸水を汲み上げる子供たち
川村さん
「井戸があるってことは、地面の下に水が流れているってこと。地図で見える川だけではなくて、見えていない川が地面の下にいっぱいあるのかもしれないし、はたまた葛飾区全体が実は水の上にぷかぷか浮いているのかもしれないね」

そんな川村さんの言葉に、想像力が刺激されたのか、井戸から湧き出す水の冷たさ、勢い、そしてそれが土に染み込んでいく様子をぐっと観察する子供たち。畑を後にした帰り道では、暗渠(あんきょ)の上を通ったり、川の土手を眺めてみたりと、「水」という手がかりを通して改めて普段暮らしている街の景色を見ることで、いつもとは違ったふうに見えてくる感覚を噛み締めているようでした。

影絵人形をつくってみよう – クリエイション

フィールドワークから帰ってきた子供たちは早速制作に取り掛かります。

川村さん
「井戸水に触って、『怖い!』『冷たい!』と感じた時の気持ちを思い出しながら、葛飾区にいそうな生き物を、みんなでつくって遊んでみよう」

子供たちがつくるのは、影絵人形。川村さんが普段扱う影絵人形は、インドネシアの伝統的なつくり方で牛の皮を素材にしたカラフルに着色されたものですが、今回のワークショップでは子供たちが扱いやすいように厚紙を素材としています。ハンマーとポンチを使って穴をあけるなど本格的な道具も取り入れながら、子供たちの自由な表現を広げていきます。

川村さんがハンマーとポンチで穴をあける様子を真剣に見つめる子供たち

つくりたい生き物を厚紙に描いて、はさみで切り出して、目や模様になる部分に穴をあけて、持ち手を取り付けたら完成。壁に向かって影絵人形の後ろから光を当てると、穴をあけた部分には光が通り、厚紙の部分は壁に黒い影として立ち現れます。カラーセロファンを活用すると色付きの光を組み合わせることも。

子供たち
「腕を動かしてみたいんだけど、どうやったらできるかな?」
「大きい生き物のそばに、小さい生き物がいたら面白いかも!」
「1個できたから、もう1個つくってみる!たくさんつくりたいものがあるんだ」

やりたいこと、つくってみたいことを実現するために、自分たちだけで解決できないことは川村さんやサポートスタッフのアドバイスを取り入れながら、約2時間の制作時間の中で、子供たちの手は止まることなく次から次へと生き物を生み出していきました。初めて使う道具や素材にも興味津々で、積極的に手に取って試してみている姿が印象的でした。

「どこかにいそうでどこにもいない生き物」を生み出していく
カラーセロファンを使ってみる
川村さん
「子供たちがこれだけの勢いで生き物を生み出していけるのは、『触る』という体験がイメージを深く明確にしてくれているから。井戸水を触って『怖い』と言った子がいたんですけど、それはきっと自然が怖いもので、直感的に身の危険を感じたということ。子供たちには水を通してうごめく生き物の気配が見えたってことだと思うんですね。人工物を触ってもそういう感覚にはつながらない。自然が持つ力に触れることで、クリエイションのドアが開いて、子供たちの『つくりたい気持ち』を大きく刺激しているんです」
ハンマーとポンチを使って穴をあける
夢中になって制作する子供たち

「自然」との接点がもたらす創造の原動力

葛飾区でのワークショップを実施するにあたり、事前のフィールドリサーチを踏まえて「水」をテーマにすることにした川村さん。日本各地でフィールドワークやパフォーマンスを行い、土地の記憶を頼りに作品制作に取り組むにあたって、日常の中で自然に飛び込んでいける「接点」をいつも探していると言います。

川村さん
「自然がない、自然が足りない、と人は言うけれど、実は見えていないだけでコンクリートの下に自然は現在進行形でうごめいているものだと思うんです。人工物で巧妙に隠されているだけで、いつもそこにある。今回は井戸が、地下で活動する自然を覗き込んだり触れたりできる『接点』としての役割を果たしてくれました」
影絵師・音楽家の川村亘平斎さん

水はさまざまな形で人の営みに欠かせない恵みである一方で、津波や洪水といった水害で人の生活にとって脅威にもなり得る存在です。そうした豊かさと怖さをともに内包する複雑さに触れることで、曖昧さや両義性を受け入れることができる、柔軟さや寛容さを育むことにもつながるのだと言います。

ワークショップの冒頭では、投げかけられる質問に対して、どこか「正解」を探るような慎重な様子を見せていた子供たちも、フィールドワークを経て制作に入る頃には、表情も生き生きとしたものに変わっていました。表現に「正解」はなく、自由な発想をのびのびと広げていける——そんな創造の可能性が感じられました。

井戸水を触って自然を感じる
それぞれ自由な発想で制作に取り組む

ワークショップの最後は、打楽器奏者の小林武文さんも加わり、制作した影絵人形を使った影絵パフォーマンスの発表。即興演奏のリズムを感じながら、川村さん演じる「猿のニシオカさん」と、子供たちがつくった個性あふれる生き物たちがおしゃべりしながら、動いたり、踊ったりと、軽快なやり取りを繰り広げます。

影絵パフォーマンスの様子
発表会の様子。子供たちがつくった生き物と猿のニシオカさん

影絵人形を持ちながらマイクに向かって話すと、まるで影絵人形たちが会話をしているように表現することもでき、発表初めは少し緊張した様子もあった子供たちでしたが、自分たちでつくった影の生き物たちを、スクリーンをはみだして壁や天井にも映し出し、部屋全体に生き生きと動かしていました。保護者の方に見守られた発表は、終始、子供たちの笑い声にあふれ、フィナーレとなりました。

影絵パフォーマンスの様子

文化プログラムがつなぐ、地域に関わる多様な人材の新たな連携・協働の可能性

「東京都・区市町村連携事業」の葛飾区の担当者として携わった文化国際課の林智貴さんは、自身も葛飾区で育った生粋の葛飾っ子。だからこそ、ワークショップを企画・開催するにあたり、葛飾区で暮らす子供たちに対して、芸術文化をただ味わうだけではなく、主体的に表現したり創造力を発揮したりする機会を提供したいという想いがあったそう。

林さん
「芸術鑑賞の機会などはこれまでも定期的に設けていましたが、区(住むまち)のことを知って、さらにそれを芸術に昇華していくアウトプット型のプログラムは今回が初めての試み。リサーチ段階から川村さんにも入ってもらって、葛飾区の土地の固有性や自然との関わりを再発見することができたおかげで、企画の熟度を上げて、葛飾区ならではのプログラムにすることができました。これまでの連携事業のノウハウやアーティストとのつながりを持つアーツカウンシル東京と一緒に取り組めたからこそ、実現にこぎつけたと実感しています」
左:林智貴さん(葛飾区) 右:大川直志さん(アーツカウンシル東京)

郷土学習は教育分野、農地の井戸は農業分野、アートは芸術文化分野と、従来であればそれぞれの領域で扱われてきた要素を、文化プログラムを通して横断的につなぎ、さまざまな関係者を巻き込んだことで、地域人材の掘り起こしや、新たな連携ネットワークの形成に寄与したことも、今回のプログラムをきっかけに生み出された嬉しい効果だったと言います。

大川さん
「新しい試みで生まれた効果をこれからも生かしていくためには、ここで得た気づきや関係性を広く発信していくことが大事。例えばワークショップの実施で完了するのではなく、記録映像を公開して『こんなことができるんだ!』とより多くの人に気づいてもらう機会をつくることで、次の新しいチャレンジにつながることもあります」
林さん
「終わった後の振り返りをきちんとして、次につなげていく姿勢は大切ですね。分野を越境して連携する形の事業は、いろいろな知見を持った人が協力してくれることで、できることが広がっていくのを実感してわくわくしました。単なる学びの場としてだけではなく、地域を知る体験をきっかけに自分たちで考えて何かを生み出していく機会を、これからも少しずつでも増やしていけたらと考えています」
影絵パフォーマンスの様子

普段は目に見えない地下の水に触れ、そこから想像を膨らませて生まれた、どこかにいそうでどこにもいない影の生き物たち。スクリーンを飛び出して壁や天井いっぱいに広がったその影のように、地域を知る体験から始まった子供たちの想像力もまた、決められた枠を越えて大きく広がっていきました。

今回の取り組みでつながったのは、子供たちと芸術文化だけではありません。地域の歴史や自然と、農業、教育など、それぞれの分野に関わる人々が、一つの文化プログラムをきっかけに出会い、新たな関係が築かれました。

身近な地域をいつもとは少し違う目で見つめてみることで、これまで見えていなかった自然や歴史、人の営みが見えてくる。そして、それらをつなぎ合わせるところから、新しい表現や関係が生まれていく。その積み重ねが、地域固有の文化体験を育て、さらに次の連携や創造へとつながっていくのではないでしょうか。子供たちが生み出した影の生き物たちのように、今回の出会いをきっかけに、また新しい何かが地域の中に姿を現していくのかもしれません。

撮影:中山裕貴
取材・文:前田真美


東京都・葛飾区芸術文化連携事業
川村亘平斎 影絵ワークショップ「かわにうつる このかげはなに?」

葛飾区のあちこちに隠れている「水」を探して、オリジナルの影絵人形をつくるワークショップ。一日の最後には、影絵師の川村亘平斎さんと音楽家と一緒に影絵の上演を実施。

東京都・区市町村連携事業
東京都内の区市町村と連携し、地域のニーズや課題に即した文化事業を住民に身近な場所で展開することで、芸術文化に気軽に触れられる機会の創出を目指す事業。