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不思議ないきもので疫病退散!「えどはくカルチャー 江戸の不安と信仰① 病を避ける図像」〈東京都江戸東京博物館〉

江戸東京博物館 大ホールで行われた「えどはくカルチャー」の様子(2020年8月19日)

 

 

新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、疫病退散を祈願する妖怪「アマビエ」が話題になっています。たびたび流行病に悩まされてきた江戸時代の人たちは、アマビエをはじめとする不思議な力を持ついきものや、力の強い神様、武士が描かれた摺物(すりもの)をお守りにしたとされています。

 

2020年819日(水)、東京都江戸東京博物館では、同館の沓沢博行(くつさわ・ひろゆき)学芸員を講師に、疫病を遠ざけると考えられていた図像を紹介する講演「えどはくカルチャー 江戸の不安と信仰①病を避ける図像」が開催されました。当日の模様をダイジェストでお伝えします。

 

 

江戸の医療事情と信仰

江戸時代には、「〇〇風邪」などの通称が付くこともあったインフルエンザや疱瘡(ほうそう、天然痘のこと)、麻疹(はしか)といったさまざまな病が、数年おきに流行していました。
特効薬は存在せず、富裕層をのぞいた一般庶民は医者にかかることも難しい時代です。そこで、病を避けるための様々な信仰が生まれ、魔除けや病除けに絵や摺物(すりもの)を求めました。

 

 

疱瘡除けの赤いいきもの、赤い強者(つわもの)

古くから、疱瘡(ほうそう)を神格化した「疱瘡神」の信仰があります。疱瘡は罹患せずに済ませることが難しく、「疱瘡は見目定め、麻疹は命定め」と言われるようにあばたが残ってしまうため、もし罹っても軽く済むようにと祈願しました。

家族が疱瘡に罹った際には、濃淡のある赤色の「疱瘡絵」を「疱瘡棚」という専用の祭壇などに貼り、子供には「疱瘡絵本」を贈りました。赤色が使われた理由は、古来より魔除けの意味があることや、疱瘡神が嫌う色とされたこと、疱瘡の発疹が黒いものは重篤、赤いものは症状が軽いことからなど、諸説あります。

 

歌川芳鶴《疱瘡絵(金太郎)》(江戸時代後期)

 

疱瘡絵』には、金太郎をはじめ、八丈島で疱瘡神を追い払ったとされる源為朝や、唐の皇帝の瘧(おこり、マラリアのこと)を平癒させた鍾馗(しょうき)といった、武勇に優れた人物が描かれることも多いです。

 

歌川国芳《疱瘡絵(みみずく・兎)》

歌川国芳《疱瘡絵(みみずく・兎)》(江戸時代後期)

 

目が赤い兎と、失明しないように目が大きい赤いみみずくの玩具が描かれた、歌川国芳の『疱瘡絵』。
(この絵をもとにした張り子『赤絵みみずく人形』が、江戸東京博物館のオンラインショップ、ならびにミュージアムショップで購入できます。)

 

 

『疱瘡請負 軽口噺(ほうそううけおい かるくちばなし)』(十返舎一九作、貞之画、1803年)

 

だるまや馬、張子の虎などが赤一色で摺られた「疱瘡絵本」。
長期の療養を強いられる子供に贈られることが多く、江戸東京博物館所蔵のものは目のところに墨で落書きがされています。

 

 

病を退ける珍獣、予言する珍獣

 

長齋芳久(歌川芳久)《新渡舶来大象之図》1863(文久3)年

 

江戸時代は外国から連れてこられたラクダやゾウ、虎といった珍獣の見世物が人気で、その謳い文句として疫病や災難を防ぐ効果があるとされました。例えば、浅草奥山のロバ見世物のチラシには「この馬をみるものハはうそうかるし」、両国で行われた象の見世物を伝える錦絵には「この霊獣を見る者ハ七難を即滅して七福を生ず」と書かれています。

 

19世紀に入ると、魚や貝に人間の顔や上半身がついた妖怪が出現したというニュースが広まります。こうした珍獣は、その姿を見ると即死する、流行病の予言を下すなど病気に関わる存在である一方、絵に描かれたものは病除けになるとされました。

 

1819(文政2)年に肥前国平戸に出現した人面魚の姫魚は赤痢が流行した際の病除けとして流布し、1844(天保15)年に越後国浦辺に海彦(あまひこ)1846(弘化3)年に肥後国海中にアマビエが現れ、病の流行の予言と回避法を伝えたと記録が残っています。

 

こうした怪物や妖怪の護符はいくつものバリエーションがつくられ、摺物文化が隆盛した江戸時代後期から明治の初めまで販売されました。

 

《人魚の出現とその予言を報じた刷物》

《人魚の出現とその予言を報じた刷物》1849(嘉永2)年頃

 

越後国福島潟に現れた光り物(人魚)は、顔や体が真っ赤に光り、女性の声で悪風が流行することを予言し、自分の姿を写したものを見れば病から逃れられる旨を船頭に伝えたといいます。
本作は江戸東京博物館 常設展示室の江戸ゾーンで12月20日(日)まで展示中。

 

『越前国主記』(福井県文書館蔵)より、海彦(あまひこ)

 

『越前国主記』に描かれた「海彦(あまひこ)」は、サルのような頭から3本の足が生えています。
病を予言し、自身の絵を見れば死なずに済むと言ったといいます。

 

『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)

 

江戸時代の肥後(熊本)に出現したとされる妖怪「アマビエ」。「病が流行したら私の姿を写し、人々に見せよ」と言い残し、海へ消えたとの伝説が残されています。
今回のコロナ禍で、SNSを中心にその存在が「再発見」され、大きな話題となりました。

 

『街談文々集要』(国立公文書館蔵)より、袋狸(ふくろだぬき)

 

袋狸(ふくろだぬき)」は、中型犬くらいの大きさで、白い体に金色の眼を持つとされ、鼓のような鳴き声を聞くと熱を出し、その姿を見ると即死してしまいますが、絵に描かれたものを見るとその難を免れるといいます。

 

 

 

情報源や読み物として役立つ麻疹絵

江戸時代末期、1862(文久2)年の夏には、江戸の街はコレラ麻疹で多くの死者を出しました。鎖国下に長崎を経由して江戸に伝播してきたコレラはわからないことも多く、図像もわずかしか残っていません。
反対に、麻疹のようによく知られた病に関しては、病除けとなる図像のほか、病に効く薬や食べ物、今までに流行した年などが記載された「麻疹絵」が出版されました。

 

歌川国芳《流行病妙薬奇験(はやりやまいくすりのちかみち)》1858(安政5)年

 

湯飲みを口にする男性から出ている黒い影が暴潟病(ぼうしゃびょう、コレラのこと)で、飲み薬の芳香散や湿布薬の芥子泥(からしでい)のつくり方が書かれています。

 

歌川芳盛《麦殿は生まれぬ先にはしかしてかせての後は我が子なりけり》1862(文久2)年

 

麻疹に効く物を擬人化したものが、麻疹を象徴する鬼を退治しています。
右上はタラヨウの葉で、これに「麦殿は・・・」と書いて川に流せば、麻疹が軽く済むとされました。

 

 

東京都江戸東京博物館で通年に渡って開催している「えどはくカルチャー」の内容は、過去の講座のラインナップを参考に、各学芸員が専門性を生かした講座を企画しています。

今回は疫病というテーマを強く打ち出しすぎず、動物や妖怪、神様をコミカルに描いて疫病退散を祈る、日本人独特の精神性が表れた奥深い摺物の数々が紹介されました。

 

沓沢学芸員による講座「江戸の不安と信仰」は、第2弾として9月9日に「流行神」の地をめぐるが開催されており、その模様もつづけて取材リポートします。

 

Text:浅野靖菜

 

えどはくカルチャー】 

江戸の不安と信仰① 病を避ける図像

【開催日】2020819 () 14:00-15:00

【場所】東京都江戸東京博物館 大ホール

 

江戸の不安と信仰② 「流行神」の地をめぐる

【開催日】202099 () 14:00-15:00

【場所】東京都江戸東京博物館 大ホール

 

沓沢博行(くつさわ・ひろゆき)

東京都江戸東京博物館学芸員。日本民俗学および日本近代史を専攻。担当した展覧会に「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-(2017年)」「東京150年(2018年)」「江戸のスポーツと東京オリンピック(2019年)」など。